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技術革新をリードする東大VCが立ち上げた新ファンドのターゲットはここだ!

東京大学のベンチャーキャピタル(VC)である東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC、東京都文京区)が、企業との産学連携によるベンチャー(VB)育成ファンドを立ち上げた。2件目のファンドで、政府が出資する4国立大VCの中で複数ファンドの組成、並行運用は初めて。企業と出資するジョイントベンチャー(JV)や、企業の資産を活用するVBへの出資などを計画。民間を支援する政府出資の大学VCとして、イノベーションをリードする。(編集委員・山本佳世子)

カーブアウトVB、ターゲット

東大IPCが新設したのは「AOI(アオイ)1号ファンド」で三つの出資対象を想定する。まず注力するのは企業の研究・事業から切り離された「カーブアウト」だ。今回28億円のファンド組成と同時に、武田薬品工業とユニ・チャーム発のカーブアウトVB2件に出資。今後はカーブアウトを検討する段階からの支援も手がける計画だ。

カーブアウトVBは企業が手放すつもりの、出資比率50%未満の案件。ただ、企業にとっては従業員の人事労務管理や譲渡資産の算定などの手間もかかる。東大IPCは、こうした業務も後押しする方針だ。

次に出資対象とするJVは、東大IPCが企業と共同出資で立ち上げるものだ。東大との共同研究案件などが候補になる。

VBの育成や連携に本腰を入れる企業は増えている。企業による日本のVBへの投資金額合計が、投資活動を本業とするVC合計を超えたというデータもある。「企業による出資は上場やM&A(企業の合併・買収)をしないJVを想定するケースが多い。そのため上場前提のVCとは話がまとまりにくい」と、東大IPCの水本尚宏パートナーは打ち明ける。政府出資のVCとして、民間のVCでは難しいところにこそ、挑戦しようとしている。

出資したユニ・チャームのカーブアウトVB「Onedot」は中国向け育児動画メディア「Babily」を運営する(東大IPC提供)

出資対象の三つ目とするのが、企業のヒト・モノ・カネの活用を前提とした起業直後のVB。水本パートナーも「アオイファンドの3割程度を回す。近く第1号が発表できそうだ」と力説する。例えば発電制御のVBなら大量の太陽電池を建物に設置する不動産会社、料理ロボットのVBなら飲食店チェーンとの連携だ。これにより起業間もないVBを急成長させられるとみる。

企業の資産を活用

政府出資による東大、京都大学、大阪大学、東北大学の4国立大VCのうち、東大は当初、VCもファンドも設立が最も遅れていた。実績のある民間VCの東京大学エッジキャピタル(UTEC=ユーテック、東京都文京区)があり、調整が難航したためだ。

結局、東大IPCの最初のファンド「協創1号ファンド」は民間VCのファンドに出資する間接投資“ファンド・オブ・ファンズ”と、VBの成長期に他VCとともに行う協調投資に限定された。

現状で他の国立大VCの方が先進的な面もある。例えば京大VCの京都大学イノベーションキャピタル(京都iCAP、京都市左京区)は、カーブアウトVBへ出資経験が4国立大VCで唯一だった。

前例がないことに挑戦(東大IPCメンバー=同社提供)

「大日本住友製薬、キヤノンとカーブアウトVBの実績もある」と京都iCAPの上野博之エグゼクティブ・マネジャーは説明する。これまで3件の実績があり、今回東大IPC初のカーブアウトVB出資で、協調投資した武田薬品発のVBは4件目となる。

だが、VCの設立で“最後発”の東大IPCが複数のファンド組成で他の国立大VCの“先手”を取った。通常、投資会社のファンドは最初のファンドの投資をほぼ終えてから次のファンドを組成する。そうでないと複数のファンドでは有望案件への投資で利益相反の懸念があるためだ。そのため他の3国立大VCは複数ファンドの組成に至っていなかった。

東大IPCは民間VCの投資活動を支援する一つ目の協創ファンド、企業のイノベーションを支援する二つ目のアオイファンドとコンセプトを明確に分けることで、二つのファンド組成を実現できたというわけだ。

学生・ポスドク支援対象に

東大IPCは出資とは別のVB起業・育成支援プログラム「ファースト・ラウンド」を運営している。学生や卒業生、博士研究員(ポスドク)ら、VCからの資金調達未経験のチームが対象だ。同プログラムにはトヨタ自動車や三菱重工業などがパートナー企業として参画。パートナー企業の存在は、アオイファンドでも力になる。

東大IPCの同プログラムは起業家を、協創ファンドは他のVCを、アオイファンドはVBを、それぞれ支援する。

新ファンド組成により、起業前から起業初期、成長期と抜け目ない支援ができる。東大のVB支援の底力を発揮する同社の体制整備が完了した。

インタビュー/東京大学協創プラットフォーム開発社長・大泉克彦氏 多様な投資手法を披露

―VC群を支援するファンド、そして今度は企業を支援するファンドと、コンセプトを明確に分けました。
 「アオイファンドは日本の企業の販路や資金、ネットワークなどを活用したオープンイノベーションを狙う。最初のファンドとは異なる出資対象で設計しており、両ファンドは補完し合う。アオイは当初は小規模でまず、多様な投資手法が可能なことを“ショールーム”として示す。これによって企業や他VCなどのアオイへの有限責任組合員(LP)出資を促し、規模を拡大する」

―新型コロナウイルス感染症で投資環境の悪化が懸念されます。
 「確かに民間VCにもVBにも、資金が回らなくなる状況が2―3年、続くだろう。こんな時に支えるのが、我々のような官民ファンドだ。一つ目として、民間が資金を最も出さなくなる起業前後の支援をしっかり行いたい。二つ目は起業して2年ほど後に、多額の資金調達が必要になってくる成長ステージのVBを出資で支えたい」

―プログラム「ファースト・ラウンド」の実績は。
 「これは起業前後のチームを半年間、集中支援するもので、これまで応募250チームから22チームを採択した。500万円ほどの支援でビジネスのコンセプトを固め、事業プランや経営チームの作成を手伝い、VCからの数千万円の資金調達につなげる。採択の約9割が、半年―1年で最初の資金調達にこぎつけている。東大卒業生の挑戦が多いことも特徴の一つだ」

【略歴】おおいずみ・かつひこ 80年(昭55)東大工卒、同年三井物産入社。96年アメリカオンラインジャパン社長補佐兼営業部長。00年ハーバード・ビジネス・スクール修了。09年M・V・C(現三井物産グローバル投資)社長。16年から現職。東京都出身、63歳。

東大IPCのファーストラウンドを振り返る

出典:日刊工業新聞2019年4月1日

東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC、東京都文京区、大泉克彦社長、03・3830・0200)は産学共同事業体(コンソーシアム)型の起業支援プログラムを始めた。JR東日本スタートアップ(東京都新宿区)など6社が資金を提供。さらに東京大学や監査法人、法律事務所、事業会社などおよそ10者が参加する。東大関連ベンチャー(VB)をリソース(資源)提供や助言、協業などの形で支援する。支援先は年10件を想定。1件当たり最大1000万円を支援する。

この新プログラム「東大IPC 1stRound(ファーストラウンド)」を、資金面から支えるのは他に芙蓉総合リース、三井住友海上火災保険、三井不動産、三菱重工業など。不動産や小売り、リースなど事業領域が広く、VB協業が有効な多業種とした。

対象は起業前後で、卒業生が経営者など広義の東大関連VB。6カ月の集中的なハンズオン(伴走型)支援や、参加企業からの開発・事業リソース提供、経営助言などを受ける。

資金の支援はVB1社当たり、使途を問わない300万―500万円と、6社との協業で使う最大500万円となる。年2回各5件の採択で、初回の応募締め切りは6月3日だ。

東大IPC、活動本格化までの裏側

出典:日刊工業新聞2017年7月28日

東京大学の投資事業会社でベンチャーキャピタル(VC)の東京大学協創プラットフォーム開発(東大IPC、東京都文京区)の活動が本格化してきた。2016年12月に250億円の1号ファンドを組成し、すでに東大関連のVC4社へのファンド出資を決めた。東大―経団連の枠組みと連動させる2号ファンドも100億円規模で検討中だ。東大は、東大IPCをハブとするベンチャー(VB)とイノベーションの新たな生態系(エコシステム)構築に挑む。(取材=編集委員・山本佳世子)

新たなエコシステム構築

東大IPCは、政府資金による京都大学など4国立大出資事業の一環で立ち上がった。東大の出資金417億円は、他3大学と比べても多額だったことから、既存VCに対する民業圧迫とならないよう、「VBへの単独直接投資は行わない」という基本方針を打ち立てた。VBやイノベーションを創出し続けるエコシステム構築を使命とする。

病気治療アプリで東大医学部と共同研究するキュア・アップ(ビヨンド・ネクスト・ベンチャーズ提供)

1号ファンドはこの方針に沿って二つの活用法を計画している。一つは「東大関連の既存VCのファンドへの出資(間接投資)」で、全体の3割を充てる。“ファンド・オブ・ファンズ”の形をとることで、VBと合わせてVCも支援する仕組みだ。もう一つが「成長期VBに対する既存VCとの共同投資(直接投資)」で、7割はこれに回る。

ファンド出資をいち早く受けたビヨンド・ネクスト・ベンチャーズ(東京都中央区)は、東大IPCからの5億円を最後に、自社の1号ファンドを計55億円で完了した。同社はこれまでの投資先11社中、4社が東大関連VBと実績があり、それが東大IPCに認められた主因だ。

VB育成プログラムで賞金パネルを手にする入賞者ら(ビヨンド・ネクスト・ベンチャーズ提供)

インクジェットプリンターで電子回路印刷をするAgIC(エージック、東京都文京区)は、投資先の東大発VBの一つ。慶応義塾大学発VBだが、東大医学部と共同研究する病気治療アプリのキュア・アップ(東京都中央区)も、東大関連VBに相当する。

「起業前後のVBを育成するアクセラレーションプログラム、BRAVE(ブレイブ)の運営も評価された」とビヨンド・ネクスト・ベンチャーズの伊藤毅社長は説明する。エコシステム構築の意識共有が、東大IPCのパートナーにふさわしいとされた。

さらに東大IPCは2月に3社へのファンド出資を発表した。ただし、出資先に東京大学エッジキャピタル(UTEC、ユーテック、東京都文京区)の名はまだ見られない。同社は東大発の大型バイオVB、ペプチドリームの東証1部上場など、ずぬけた実績を持つVCだ。

日本における大学発VB投資の草分けとして、初期のファンド資金集めで苦労しただけに、政府資金を背負う東大IPCに対する思いは複雑だ。東大IPCの制度設計にも大いに意見してきた。東大IPCの大泉克彦社長は、UTECを重要なパートナーと認識し、出資を考えているという。だがUTECは、東大IPCとの連携に他VCほど素直になれない面がありそうだ。

日本のVCはかつて、大組織を後ろ盾とした信用が求められ、金融機関や大企業の子会社などの系列が中心だった。ファンドマネジャーが会社員のため、リスクがとれない点が課題とされた。しかし近年、ITビジネスの進展により、10億円程度の小規模ファンドで、リスクをとって成功する独立VCが注目を集めている。

一方、技術・モノづくり系の大学関連VBでも、ミドリムシのユーグレナや、ロボットスーツのサイバーダインなどの大型成功例が登場。政府の後押しもあり、大学発VBの支援ファンドが今また、活況を呈している。

技術系VBの課題は事業化まで時間と資金がかかることだ。ライフサイエンス系での動物実験やデータ採取の人件費、素材系のパイロットプラント設置などで費用がかさむ。巨額の資金が必要になるが、一つのVCでは出せる額でない。そのため最終段階では、複数VCの共同投資となるのが一般的だが、難航することも多い。

ここで期待されるのが東大IPCだ。今後、1号ファンドの資金の多くを、既存VCとの連携による成長期VBへの共同投資に振り向ける。「各VCは競争相手で、かつVB育成の協調相手。東大IPCがこれらを束ねていく」(伊藤ビヨンド・ネクスト・ベンチャーズ社長)ことになる。

■インタビュー/東大IPC社長・大泉克彦氏「優秀な案件、開発支援」

4国立大出資では先発の大阪大学、東北大学、京大で、すでに計十数件のVB直接投資の実績がある。東大IPCは真打ちとして登場だ。三井物産出身で海外VB投資の経験を持つ大泉克彦社長に、他大学VCと異なる独自路線について聞いた。

―東大IPCは単なるVCではなく、東大の投資事業会社だと強調されていますね。
「我々は東大の技術を核に、VBとイノベーションを起こし続けるための共通基盤、プラットフォーム会社と考えている。ファンドは手段の一つだ。日本の産業で力のある素材や生産などの技術と、国立大理工系の強みを生かし、大型の技術VBを創出していく期待に応えたい」

―ファンド投資以外のVB支援策は、どのようなものを考えていますか。
「東大の学生向け起業家教育『アントレプレナー道場』と連携する。ここでの優秀な案件に試作品開発の資金を支援する。教員の基礎研究と、学生らによる事業化の間を橋渡しする“ギャップファンド”の位置付けだ」

「試作なしの起業で行き詰まったかつての大学発VBと比べ、成功率は高まるはずだ。起業後は分野ごとに強い連携VCに、投資を通じて育ててもらう」

東大IPC社長・大泉克彦氏

―大企業のカーブアウトVBを対象とする2号ファンドの構想は。
「東大と大企業の共同研究の成果の中には、電機メーカーなど大企業の事業見直しによって取り残された案件がある。市場が小規模でもVBでの事業化なら魅力がある。16年11月に立ち上がった東大・経団連ベンチャー協創会議を活用し、大企業から切り出したVBを、2号ファンドの投資先として育てていく」

「日本はVBと大企業の関わりが少なかったが、これを変える必要がある。大企業の技術者として心血注いで取り組んできた案件を、今度はVBトップとしてリードしていく人材が多数、出てくることを望んでいる」

山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
大企業と連携した二つ目のファンドは、東大IPCの長年の計画だった。一つ目のファンド組成が2016年12月で、すでに17年1月、2月の記事で私も、この二つ目のファンドの計画を紹介している。それだけに同社とともに、私も感慨深い。しかも三つの手法を用意しており、大手事業会社のどんなところがどの手法に反応するのか、見ていきたい。

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