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定額制のコーヒー飲み放題、赤字でも続ける店舗の舞台裏

連載・店舗進化論(3)
定額制のコーヒー飲み放題、赤字でも続ける店舗の舞台裏

コーヒーマフィア西新宿店。平日の日中はビジネスマンで賑わっている

 「『赤字』と捉えてもらって大丈夫です」。定額制のコーヒー飲み放題サービスを提供するコーヒースタンド「coffee mafia(コーヒーマフィア)」を運営するfavy(ファビー、東京都新宿区)の髙梨巧社長は、同サービスの収支状況をそう明かす。月3000円の会費で来店1回につき300円のコーヒーが1杯無料になるが、会員の平均月来店数は22回を数える。当初想定の12-13回をはるかに上回っており、収支が厳しくなるのは当然だ。

 それでも会費の値上げは現状考えていない。むしろ「異常頻度」といえるリピーターを持つ店舗の価値を最大化する戦略に注力する。その戦略のカギになる「顧客のデータ活用」による効果の実証こそ、定額制サービスを導入した理由だからだ。

 定額制サービスは一定の収益の見込みが立ちやすく、店舗運営に安定感をもたらす。ただ、髙梨社長はその効果に加えて顧客データを取得するための手段として重視する。髙梨社長は過去10年以上、デジタルマーケティングのコンサルティング会社社長として、デジタル活用が進まない飲食業界の実態を見てきた。「飲食店はリピーターが重要と言いながら、顧客のデータ基盤が整っておらず、適切な顧客維持ができていない」(髙梨社長)。この課題を踏まえ、顧客データを活用した「健全な売り方」を展開する飲食店の形をコーヒーマフィアで示すことで、飲食業界の変革を狙う。

新しい売り方を検証する実験店舗


 コーヒーマフィアの1号店が東京・新宿に誕生したのは2016年10月。飲食市場に特化したマーケティング支援を手がけるファビーが、顧客のデータを活用した新しい売り方を検証する実験店舗として開設した。

 定額制サービスの会員は来店時にスマートフォンアプリのバーコードを表示し、店側はそれを読み取った上でコーヒーを提供する。会計時には性別と年代の情報も取得する。この仕組みにより、どのような会員がどの時間帯にどの程度来店しているかなどについてデータを蓄積できる。ファビーは元々、顧客のデータを取得するためには、利用者にメリットのある会員制度を作る必要があると考えていた。その答えが「定額制飲み放題」の導入だった。

アプリのバーコードを読み取ってから1分程度でコーヒーを提供する    

 開設から2年半が経過し、「会員は順調に増えており、利用者全体の6割を占める」(髙梨社長)状況だ。顧客データの活用の効果も出ている。時間帯ごとの来店者数を推定してコーヒーを抽出するタイミングや販売員の数を調整し、店舗運営を効率化している。顧客の属性データを基にしたランチメニューを作り、定額制の会員に販売することなどにより、顧客単価の上昇にもつなげている。来店頻度が高い会員に対しては店員もコミュニケーションが取りやすいため、「クロスセルが達成しやすい環境が生まれている」(髙梨社長)という。この結果、店舗運営で黒字化を実現している。

 一方、実店舗におけるデータ活用の難しさも感じている。例えば、顧客データを基に新しいメニューを考案しても、実際の販売までは1―2カ月かかるなど、迅速に運営改善ができない。髙梨社長は「ウェブ上では閲覧数などのデータを基にしたホームページ改善作業は1週間もあればできるが、実店舗ではそうはいかない」と漏らす。

 コーヒーマフィアは東京・飯田橋の2号店に続き、1月には東京・銀座に3号店を開設した。立地が離れていても会員は複数店舗を利用するかなどを検証している。今後はこれらの検証結果を基にデータを活用した飲食店のモデルケースを確立する。その上で実証で得た知見を外部に提供し、コーヒーマフィアのネットワークを広げていく考えだ。定額制の導入によるデータの蓄積や活用ができるシステムを開発し、19年内にも提供を始める。

 髙梨社長は「データを蓄積でき、その活用方法は自動で提案するツールを構築したい。飲食店はバイトなどの店員の入れ替わりが激しい点も経営の難しさの一つ。そのリスクに対応し、持続的にデータ活用できる環境を提供する」と意気込む。

行き付けの店が廃業した


 髙梨社長がこうした挑戦を始めたきっかけは、2011年にある。東日本大震災後の自粛ムードが都内の飲食店に暗い影を落としていた頃だ。髙梨社長の行き付けのバーもその一つで、客足が途絶えていた。そこで、デジタルマーケのコンサル業という本業を生かし、バーの集客を手弁当で支援した。

 その結果、2-3カ月で成果を上げ、デジタルマーケの運用を店舗に引き継いだ。しかし、1年後にはひっそりと店を閉じてしまった。廃業の明確な理由はわからなかったが、「おそらく(デジマを)続けなかったのだろう」(髙梨社長)と思案しつつ、悔しさが残った。コンサル業で多様なプロジェクトに関わる中で、デジタル活用が進まない飲食業界の実態に触れていたこともあり、問題意識が大きく膨らんだ。こうしたことから、飲食業界のデジタル化に本腰を入れる目的で15年にファビーを立ち上げた。

 髙梨社長にとって飲食業界のデジタル化は、各店舗の課題解決にとどまらない。成長産業を生み出す手段とも捉える。髙梨社長は「日本の食は安全性や味、コストパフォーマンスなどの面でレベルが高い。デジタルによって飲食業界の生産性が上がれば、訪日外国人などに対するよりよいコンテンツになり、日本経済に好影響を与えられる」と見据えている。
(文=葭本隆太)
ファビーの髙梨巧社長

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葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
favy(ファビー)という社名は「my favorite」を基に作った造語だそうです。文中で紹介したエピソードをきっかけに、デジタルの力でお気に入り(行き付け)の飲食店が簡単につぶれない世界を作ろうと決意した高梨社長の思いが込められています。

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