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シネコンが奪い合う!“爆音映画祭”ファン拡大中
連載・映画館 新時代(3)
音楽ライブ用の音響機材を使って大音量で映画を上映する「爆音映画祭」。映画評論家の樋口泰人さんが14年前に生み出したコンテンツが全国のシネマコンプレックスに広がっている。生活者は映画館に特別な映像体験を求めており、それを味わえるコンテンツとして20代の女性を中心に人気が拡大している。
爆音映画祭は樋口さんが上映前日などに現場で行う音響調整が生命線だ。上映には樋口さんの招へいが欠かせない。このため、シネコンを運営する興行会社の間では上映スケジュールの奪い合いも発生している。
「音を大きくして上手に調整すると劇中の自然の音がしっかり聞こえてくる。その良さが観客にストレートに伝わっている」。樋口さんは爆音上映の魅力をそう表現する。音響の調整は上映する作品はもちろん、上映ホールの広さや季節によっても異なる。このため爆音映画祭の関係者は「二度と同じ調整には出会えない一期一会も魅力になっているのだろう」と推察する。
シネコンでは2017年6―7月に「109シネマズ名古屋」(名古屋市)で開催してから本格的に広がった。今年はこれまでに全国で11回実施し、9月も3カ所で開催が決まっている。爆音映画祭は約3日で10本程度の作品を上映する。音の魅力が伝わりやすい「グレイテスト・ショーマン」(マイケル・グレイシー監督)や「ラ・ラ・ランド」(デイミアン・チャゼル監督)などのミュージカル映画は特に人気だ。「チケットはあっという間に完売する」(爆音映画祭の関係者)。
初めて映画を爆音で上映したのは04年5月1日のこと。音楽ライブ用の機材を備えた東京・吉祥寺の映画館「吉祥寺バウスシアター」で上映し、「観客の心を捉えられる」(樋口さん)と手応えを掴んだ。
特にダライ・ラマ14世の半生を描いた「クンドゥン」(マーティン・スコセッシ監督)には「まるで監督が思い描く映画の世界に入り込んだようだ」と観客から感嘆の声が上がるほどだった。「荒野を駆ける馬の足や風の音の響きが良く、観客は何か別の映画を見たという感じだった」(樋口さん)。
その後、爆音映画祭はバウスのほか、依頼を受けた地方の映画祭でも開催した。ただ、より多くの人にその体験を提供できるシネコンでの開催は一筋縄ではいかった。音楽ライブ用の機材を持ち込むには経費がかかり、事業性を確保する難しさがあったからだ。隣の上映ホールに音が漏れる懸念もあった。
契機になったのは16年夏。東京・丸の内の映画館「丸の内ピカデリー」で開催した音楽ライブ映像などを上映するイベント「シネ・ロック・フェスティバル2016」だ。
企画を担当したローソンエンタテインメント(当時ローソンHMVエンタテイメント)がイベントの目玉として「爆音」に白羽の矢を立てた。同社ライブエンタメグループの企画開発部に所属する米澤朋子マネジャーは「仮に音漏れが問題になった場合は音量を落とせばよいと考え、挑戦した」と振り返る。
シネ・ロックでの爆音に対する観客の反応は大きかった。「上映後に劇場の廊下で年配の男性が『コレは最高だ』と叫んだ姿を見た。『爆音』に特別な価値があると実感した。これを一度の企画で終わらせるのはもったいないと思い、切り取った形でシネコンに展開したいと考えた」(米澤マネジャー)。これを機に各地のシネコンに広がっていく。
音響機材の経費は人気作品を選別し、集客力を高めて解決した。音漏れについては「シネコンの防音性能が想像以上に良く問題にならず杞憂に終わった」(米澤マネジャー)。一方、新たな嬉しい悩みも生まれた。「シネコンはみな夏休みや正月など目玉映画が公開される時期以外に『爆音』を開催したいと考える。開催希望時期が重なるため、スケジュールは正直奪い合い」(米澤マネジャー)という。
映画館では登場人物に声援を送る「応援上映」など多様な鑑賞スタイルが生まれており、爆音映画祭はそれを先導してきたと言える。すでに多数のファンを獲得し、さらなるファンの広がりが見込めるコンテンツに育った。樋口さんは今後の目標について「『爆音』が知らない映画を見るきっかけになれば嬉しい。それによって映画産業の発展に貢献したい」と力を込める。
―爆音映画祭をシネコンで開催するケースが増えていますね。
「『吉祥寺バウスシアター』で開催していたときの観客は男性のコアな映画ファンが中心だった。そのときから女性も集客したいと思っていたし、シネコンで開催すれば集客できる期待があった。実際に観客の層が広がり嬉しい。今や若い女性の方が観客の主流になっており、面白い」
―バウスで開催していた当時とシネコンで開催している今の『爆音映画祭』に違いはありますか。
「シネコンは経費の関係で動員がしっかり見込める作品の選別が欠かせない。バウス当時は動員が見込めるか分からない作品を含め好きな作品を上映していた。シネコンでは扱いにくい『爆音』を事業として成立させる方法を勉強させてもらっている」
―集客力のある作品に偏ることについて、残念な気持ちはありませんか。
「『爆音』のこれからの課題としては、人気作品で『爆音』を体験してくれた観客が興味のない映画を『爆音』だからという理由で見てくれるようになること。(一般の認知度が低い)作品に『爆音』でつなぎたい思いはある」
―現状はまだ難しいですか。
「都心は(一般の認知度が低い作品も)一定の集客が見込めるが、そこから少しでも離れると厳しい。例えば17年12月に東京・お台場で『爆音』を開催した際に同4月に亡くなったジョナサン・デミ監督の遺作『幸せをつかむ歌』を上映した。とても素晴らしい作品だが、他の人気作品に比べて集客が悪かった。デミ監督は『羊たちの沈黙』などの有名作品を持ち『追悼上映』と銘打つなどつかみ所を作ったが難しかった」
-そもそもなぜ音楽ライブ用の音響機材で映画を上映しようと思ったのですか。
「仕事などで出入りしていたバウスでは80年代に音楽ライブを開催しており、音楽ライブ用の音響機材があった。その機材を使ってライブ映画を上映していたことがあり、それを見て劇映画でもやると面白いと思って企画した」
―音響設備を扱うことも好きだったのですか。
「音を聞くのは好きだが、音響設備を扱う趣味はまったくなかった。『爆音』の音響調整も私は聞こえ方を確認して音響設備の専門家に指示する形で行っている」
【9―10月の爆音映画祭】
9月14―17日、MOVIX三好(愛知県みよし市)/9月20―24日、ユナイテッド・シネマアクアシティお台場(東京都港区)/9月28―30日、MOVIX利府(宮城県利府町)/10月5―8日、MOVIX堺(大阪府堺市)>
【01】映画館の“アトラクション化”その裏にあるシネコンの自負と危機(9月7日公開)
【02】VR映画の道のりは厳しいが…仕掛け人が語る東映の勝算(9月8日公開)
【03】シネコンが奪い合う “爆音映画祭”ファン拡大中(9月9日公開)
【04】“消滅可能性都市”で起きる映画館戦争、挑む男とその夢(9月10日公開)
【05】ライブ・ビューイング市場、成長のカギは“演歌”が握る(9月11日公開)
爆音映画祭は樋口さんが上映前日などに現場で行う音響調整が生命線だ。上映には樋口さんの招へいが欠かせない。このため、シネコンを運営する興行会社の間では上映スケジュールの奪い合いも発生している。
一期一会の音
「音を大きくして上手に調整すると劇中の自然の音がしっかり聞こえてくる。その良さが観客にストレートに伝わっている」。樋口さんは爆音上映の魅力をそう表現する。音響の調整は上映する作品はもちろん、上映ホールの広さや季節によっても異なる。このため爆音映画祭の関係者は「二度と同じ調整には出会えない一期一会も魅力になっているのだろう」と推察する。
シネコンでは2017年6―7月に「109シネマズ名古屋」(名古屋市)で開催してから本格的に広がった。今年はこれまでに全国で11回実施し、9月も3カ所で開催が決まっている。爆音映画祭は約3日で10本程度の作品を上映する。音の魅力が伝わりやすい「グレイテスト・ショーマン」(マイケル・グレイシー監督)や「ラ・ラ・ランド」(デイミアン・チャゼル監督)などのミュージカル映画は特に人気だ。「チケットはあっという間に完売する」(爆音映画祭の関係者)。
初めて映画を爆音で上映したのは04年5月1日のこと。音楽ライブ用の機材を備えた東京・吉祥寺の映画館「吉祥寺バウスシアター」で上映し、「観客の心を捉えられる」(樋口さん)と手応えを掴んだ。
特にダライ・ラマ14世の半生を描いた「クンドゥン」(マーティン・スコセッシ監督)には「まるで監督が思い描く映画の世界に入り込んだようだ」と観客から感嘆の声が上がるほどだった。「荒野を駆ける馬の足や風の音の響きが良く、観客は何か別の映画を見たという感じだった」(樋口さん)。
その後、爆音映画祭はバウスのほか、依頼を受けた地方の映画祭でも開催した。ただ、より多くの人にその体験を提供できるシネコンでの開催は一筋縄ではいかった。音楽ライブ用の機材を持ち込むには経費がかかり、事業性を確保する難しさがあったからだ。隣の上映ホールに音が漏れる懸念もあった。
きっかけは「シネ・ロック」
契機になったのは16年夏。東京・丸の内の映画館「丸の内ピカデリー」で開催した音楽ライブ映像などを上映するイベント「シネ・ロック・フェスティバル2016」だ。
企画を担当したローソンエンタテインメント(当時ローソンHMVエンタテイメント)がイベントの目玉として「爆音」に白羽の矢を立てた。同社ライブエンタメグループの企画開発部に所属する米澤朋子マネジャーは「仮に音漏れが問題になった場合は音量を落とせばよいと考え、挑戦した」と振り返る。
シネ・ロックでの爆音に対する観客の反応は大きかった。「上映後に劇場の廊下で年配の男性が『コレは最高だ』と叫んだ姿を見た。『爆音』に特別な価値があると実感した。これを一度の企画で終わらせるのはもったいないと思い、切り取った形でシネコンに展開したいと考えた」(米澤マネジャー)。これを機に各地のシネコンに広がっていく。
音響機材の経費は人気作品を選別し、集客力を高めて解決した。音漏れについては「シネコンの防音性能が想像以上に良く問題にならず杞憂に終わった」(米澤マネジャー)。一方、新たな嬉しい悩みも生まれた。「シネコンはみな夏休みや正月など目玉映画が公開される時期以外に『爆音』を開催したいと考える。開催希望時期が重なるため、スケジュールは正直奪い合い」(米澤マネジャー)という。
映画館では登場人物に声援を送る「応援上映」など多様な鑑賞スタイルが生まれており、爆音映画祭はそれを先導してきたと言える。すでに多数のファンを獲得し、さらなるファンの広がりが見込めるコンテンツに育った。樋口さんは今後の目標について「『爆音』が知らない映画を見るきっかけになれば嬉しい。それによって映画産業の発展に貢献したい」と力を込める。
「爆音映画祭」に対する思いを樋口泰人さんに聞いた
―爆音映画祭をシネコンで開催するケースが増えていますね。
「『吉祥寺バウスシアター』で開催していたときの観客は男性のコアな映画ファンが中心だった。そのときから女性も集客したいと思っていたし、シネコンで開催すれば集客できる期待があった。実際に観客の層が広がり嬉しい。今や若い女性の方が観客の主流になっており、面白い」
―バウスで開催していた当時とシネコンで開催している今の『爆音映画祭』に違いはありますか。
「シネコンは経費の関係で動員がしっかり見込める作品の選別が欠かせない。バウス当時は動員が見込めるか分からない作品を含め好きな作品を上映していた。シネコンでは扱いにくい『爆音』を事業として成立させる方法を勉強させてもらっている」
―集客力のある作品に偏ることについて、残念な気持ちはありませんか。
「『爆音』のこれからの課題としては、人気作品で『爆音』を体験してくれた観客が興味のない映画を『爆音』だからという理由で見てくれるようになること。(一般の認知度が低い)作品に『爆音』でつなぎたい思いはある」
―現状はまだ難しいですか。
「都心は(一般の認知度が低い作品も)一定の集客が見込めるが、そこから少しでも離れると厳しい。例えば17年12月に東京・お台場で『爆音』を開催した際に同4月に亡くなったジョナサン・デミ監督の遺作『幸せをつかむ歌』を上映した。とても素晴らしい作品だが、他の人気作品に比べて集客が悪かった。デミ監督は『羊たちの沈黙』などの有名作品を持ち『追悼上映』と銘打つなどつかみ所を作ったが難しかった」
-そもそもなぜ音楽ライブ用の音響機材で映画を上映しようと思ったのですか。
「仕事などで出入りしていたバウスでは80年代に音楽ライブを開催しており、音楽ライブ用の音響機材があった。その機材を使ってライブ映画を上映していたことがあり、それを見て劇映画でもやると面白いと思って企画した」
―音響設備を扱うことも好きだったのですか。
「音を聞くのは好きだが、音響設備を扱う趣味はまったくなかった。『爆音』の音響調整も私は聞こえ方を確認して音響設備の専門家に指示する形で行っている」
9月14―17日、MOVIX三好(愛知県みよし市)/9月20―24日、ユナイテッド・シネマアクアシティお台場(東京都港区)/9月28―30日、MOVIX利府(宮城県利府町)/10月5―8日、MOVIX堺(大阪府堺市)>
「映画館 新時代」5回連載
【01】映画館の“アトラクション化”その裏にあるシネコンの自負と危機(9月7日公開)
【02】VR映画の道のりは厳しいが…仕掛け人が語る東映の勝算(9月8日公開)
【03】シネコンが奪い合う “爆音映画祭”ファン拡大中(9月9日公開)
【04】“消滅可能性都市”で起きる映画館戦争、挑む男とその夢(9月10日公開)
【05】ライブ・ビューイング市場、成長のカギは“演歌”が握る(9月11日公開)
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映画館ビジネスが進化しています。4DやIMAXといった最新設備の導入だけでなく、「応援上映」といった新たな鑑賞スタイルも生まれています。歌手のライブなどを中継する「ライブビューイング」は一つの市場を作り出しました。映画館ビジネスの今をお伝えします。