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昆虫はニッチ戦略で繁栄する

強みを見出し、多様性を育もう/虫の声を聞け!(4)丸山宗利さん
 世界で500万種以上いると言われる昆虫。それぞれに生活スタイルや生存戦略がある。人間が誕生するはるかずっと前から生態系の中で切磋琢磨してきた。そんな昆虫から、人間のより良い働き方や組織の中での自分の立ち位置の見出し方、企業成長のヒントなどを学べるのではないか―。このシリーズの最後となる第4回目は、昆虫学者で九州大学総合研究博物館准教授の丸山宗利さんに話を聞いた。丸山さんは分類学から昆虫の多様性の解明に取り組んでいる。

まねされないことはやっぱり強い!


 ―さまざまな虫を研究する中で、企業経営の視点で学べることはありますか?
 「ニッチであること。ニッチはもともと生態学用語で、生態的地位のこと。その環境で他の生物が容易にまねできない能力を獲得した生物は強い。例えば、ツムギアリは木の葉をつづって巣を作る。これができるアリはアフリカとアジアの2種類しかいない。幼虫が出す糸で葉っぱをボール状にし、木の上に巣を作る。強力な顎(あご)を持つこともあり、木の上ではツムギアリが圧倒的に強くほかのアリは住めない」

大企業だってニッチ


 「また、南米には何種類かのグンタイアリがいるが、繁栄している種は食べるものの種類が多い。なんでも食べるといういわば大企業的なニッチを獲得して繁栄できている」

 ―食べるものの種類が多いこともニッチになるというのは意外です。
 「もともと生物は特定のものしか食べられない。いろいろなものを捕食するには高い能力が必要。特定のものだけならば、その捕食法だけに長ければよい。しかし、いろいろな生物を襲うことはそれだけ対処法も増え難しい。昆虫かサソリかで捕り方が違う。人間に例えればプロレスも空手もボクシングもできるようなものだ」

九州大学にある丸山宗利さんの研究室でインタビューを行った

多様性とは何か


 ―企業では組織の多様性(ダイバーシティー)が注目されていますが、自然界でも多様性が重視されます。
 「生物の多様性には遺伝子、種、個体群の三つの多様性がある。一般には種の多様性を指すことが多い。種とは生殖的に隔離された集団で、違う生活や姿・形をして自然界の中で違う役割を担い、大小さまざまな歯車として存在する。だから大きな歯車がなくなると自然界のバランスが崩れ、また外来種が大きな歯車として新たに環境に入ってもバランスが崩れる。つまり生物におけるダイバーシティーとはバランスだ。手付かずの自然環境では種の歯車がきっちりかみ合っている。さまざまな種による何万年にわたる試行錯誤の結果であり、その試行錯誤とは競争と淘汰(とうた)である。そうしてバランスが保たれる」

 ―多様性の確立には時間と試行錯誤が必要ということですね。
 「ダイバーシティーの名の下、多くの人を集めたところで歯車がかみ合わないことは当然起こる。集めるのは多様性の第一歩。切磋琢磨(せっさたくま)したり組織に合わない人は抜けたりということを繰り返すことが重要。競争があり人材の流動性が高いことは組織にとって良いことだ」

研究の一つがツノゼミの分類学的な解明。研究室には標本がたくさん

女王アリ不在の群れは滅びる


 ―昆虫と人間の組織は似ていますか?
 「アリやシロアリは階級や役割が決まっている社会性昆虫。一匹一匹いるが、生物学的には群れ全体としても個体とみる。人間の組織も一人ひとりに階級と役割がある点でよく似ている」

 —昆虫の群れは人間の組織と違って、統率がとれていて、無個性で、合理的なあり方を追求しているかのようです。昆虫には自我や心はないのでしょうか?
 「ない。確かに人間も一人ひとりを見れば、人格や個性があって、誰かを思いやるなどの優しさがある。しかし、集団になれば冷酷になる。例えば、企業は自分たちの利益を求めて競合他社を潰したりする。こういった側面も社会性昆虫と似ている。餌の取り合いにしても縄張り争いにしても強いものが奪う」

 ―社会性昆虫は1匹だけで生きられますか?
 「生きられない。シロアリの群れから女王を取り除くと、働きアリたちは餌を取らなくなったり卵の世話をしなくなったりする。また、群れから働きアリを1匹取り出しても、餌をとれずいずれ死んでしまう。女王がいなければ、みんな普通に生活できない。このメカニズムの解明はされていないが、女王が発するフェロモンの作用によって統率がとれていると考えられている」

夫婦で子育てをするゴキブリ


 ―人間社会の最小単位は家族ですが、家族として生きる虫もいますか?
 「オオゴキブリは夫婦で子育てを行う。朽木に穴を掘って中で交尾をして卵を産む。幼虫に口移しで餌を与える。朽木を食べるのだが栄養が少ない。そのため朽木の繊維質を栄養に変えることができる細菌を腸の中に寄生させている。その細菌を少しずつ幼虫に与える。すると徐々に幼虫も自分でも食べられるようになりやがて独立する。ちなみに成虫になるまで1年以上かかる。そして夫婦生活は子どもが独立した後も朽木の環境が安定している限りは続く。おそらく3、4年の寿命があり、どちらかが死んだりするなどしない限り別れない」

2018年4月にケニアで採集してきたナンバンダイコクコガネ。ゾウの糞を食べる

 —4月にアフリカに行かれたばかりです。印象的だったことはありますか?
 「カメルーンのチョコレート農園の児童労働の実態だ。より高く輸入し、現地の農園の人に還元しようというフェアトレードがさけばれて久しいが、フェアトレードの恩恵を受けているのは大規模で裕福な農園だけだと感じた。小規模な末端の農園には恩恵が行き渡っておらず依然として貧しい。貧しい農園の子供は朝から働き、学校に行けない。皮肉なことに、学校で勉強ができる裕福な子供と学校に行けない貧しい子供の格差は、フェアトレードが助長しているとも言える。誰もが学校で学べるようになるには、教育が行き届いて、モラルが改善されて、経済が潤わないといけないだろうが、ずっと先になると感じた」
(聞き手・平川透)


 

【略歴】まるやま・むねとし 1974年生まれ。博士(農学)。九州大学総合研究博物館准教授。北海道大学大学院農学研究科博士課程を卒業。国立科学博物館、フィールド自然史博物館(シカゴ)研究員を経て17年より現職。アリやシロアリと共生する昆虫の多様性解明が専門で、アジアではその第一人者。毎年精力的に国内外での昆虫調査を実施し多種の新種を発見、論文で発表している。取材の前々日にケニアから帰国したばかり。『昆虫はすごい』など著書多数。
日刊工業新聞2018年5月4日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
社会性昆虫の群れを一つの生物と見なす「超個体」という考え方が印象的でした。人間の組織もまさに超個体? 世界で一番大きな生き物は、「従業員が一番多い会社」かもしれません。

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