ニュースイッチ

正念場のデジカメ市場、需要急減にどう立ち向かう?

正念場のデジカメ市場、需要急減にどう立ち向かう?

ニコンは家でもカメラを楽しむための技術をサイト上で紹介している

逆境下も消費者に情報発信

新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大は、市場縮小に直面するデジタルカメラ業界にとって新たな試練となった。生産への影響にとどまらず、物流の混乱や小売店の臨時休業、個人消費の落ち込みなど環境は厳しさを増している。国内外で開催予定だった大規模見本市の中止や東京五輪・パラリンピックの1年延期で業界が翻弄(ほんろう)されているようにも見えるが、全体が暗いムードに包まれているわけではない。(国広伽奈子)

一眼レフ発売延期

新型コロナ感染症の世界的な流行は、カメラ業界にも至る所で影響を及ぼしている。最初に打撃を受けた中国には複数社のデジカメ生産拠点がある。1月下旬の春節直後こそ休暇の延長を余儀なくされたが、ソニーや富士フイルムによると稼働再開以降は春節前に近い水準まで回復している。

ニコンはラオス政府の指示に従い同国内の生産子会社の稼働を停止していたが、4月21日に再開した。ラオスの工場では、主力拠点のタイで生産しているデジカメのユニットの一部を製造している。

オリンパスは感染予防を目的に、ベトナムと長野県の生産拠点で特別勤務体制を導入した。従業員を2グループに分け、隔日で勤務することで感染リスクを減らす。各工場の稼働率は通常の半分程度としている。

部品のサプライチェーン(供給網)に与えた影響も大きい。キヤノンは部品調達が不安定化したことで3月上旬に国内工場の生産を一時休止した。稼働再開後も影響は残っており、品目ごとに生産量を調整しながら対応している。

物や人の流れが各所で滞ったことで、一部の新製品は発売予定の見直しに迫られた。キヤノンはデジタル一眼レフカメラ「EOS Kiss X10i」の発売時期を当初の4月下旬から6月下旬に延期した。

ニコンは部品供給の遅延により、3月に予定していた一眼レフ最上位機種「D6」の発売を5月に延期。ミラーレスカメラ「Zシリーズ」用レンズの新製品も4月中の発売を見送った。最終調整に時間を要していることに加えて、タイの入国制限で日本から従業員を派遣することが難しくなった。

富士フイルムはデジカメ新製品の投入には影響を受けていないが、インスタントカメラの新製品「インスタックスミニ11」の生産が遅延。発売時期を4月上旬から5月に変更している。

販売時期を延期した富士フイルムの「インスタックスミニ11」

在宅・動画需要に照準

販売への影響に対する各社の不安は大きい。国内では多くの家電量販店が時短営業や臨時休業しており、個人消費も落ち込んでいる。営業活動も「ウェブ会議システムやメールなどを活用して極力オンライン化」(オリンパス)するなど工夫を迫られている。

カメラ映像機器工業会(CIPA)の統計によると、3月のデジカメ出荷台数は前年同月比で約52・2%減だった。例年であれば春以降は行楽や運動会が盛んになるが、外出自粛要請やイベントの中止でカメラを使う機会が減っている。キヤノンの田中稔三副社長は「嗜好(しこう)品の側面が強いカメラは、新型コロナ感染症の収束後も需要が戻るまでの時間が他の製品と比べて遅い」と見通す。

逆境の中で、各社は消費者へのアプローチ方法を工夫しながら対応している。アジア最大級の展示会「CPプラス」の中止が決まった直後から、オンライン上では特別コンテンツを配信。カメラの愛好家や展示会の参加予定者などから好評を得た。多くの人が自由に外出できない状況が続く現在は、自宅でカメラを楽しむ方法を紹介している。

ニコンは販売子会社が運営するサイトを通じて、撮影技術に関する情報を発信している。国内ではペットや天体写真、屋内でのポートレートや1人でできるコスプレ撮影などの技術を紹介。米国の販売子会社はオンラインスクールの無料開放や写真家の映像コンテンツを配信している。

富士フイルムは動画投稿サイト「ユーチューブ」で映像コンテンツを配信。料理や家族などの写真の制作過程や手法を紹介している。

自宅でのデジカメ利用については静止画の撮影だけでなく、会員制交流サイト(SNS)への動画投稿や、日常の様子を動画に記録して投稿する「ブイログ」にもまだ望みがある。外出制限やイベントの中止が相次ぐ中、映像を使った取り組みが盛んになっている。

動画機能の向上は昨今のトレンドの一つ。初心者向けからプロ向けまで、多くのデジカメが高精細な映像を簡単に撮影できる。手軽な撮影はスマートフォンの得意領域だが、高品質な作品制作へのこだわりは在宅でも見逃せない需要だ。

インタビュー/キヤノン常務執行役員イメージコミュニケーション事業本部長・戸倉剛氏 多角的視点で調達見直し

カメラ市場にとって厳しい環境が続いているが、収束後の“ポストコロナ”社会を見据えた準備も欠かせない。史上初めて延期した五輪・パラリンピックに向けた戦略をはじめ、製品開発の今後についてキヤノンの戸倉剛常務執行役員イメージコミュニケーション事業本部長に聞いた。

―新型コロナ感染症の拡大はこれまでの危機と比べて特異と言えるのでしょうか。

「自然災害による影響は地域が限定的で一過性のものだが、新型コロナ感染症は世界規模で収束が見えていない。展示会やイベントの中止が相次ぐ事態も尋常ではない」

―東京五輪・パラリンピックも延期されました。

「延期は非常に残念。製品やプロサポートの準備が走り始めたところだった。ただ、プロ向け製品を使いこなしてもらう時間が増えた。開発中のフルサイズミラーレスカメラ『EOS R5』が進化する時間にもなる」

―R5や一眼レフ最上位機の他にも、大会に合わせて投入する製品を増やしますか。

「1年も時間があれば、大会本番に向けて製品群をさらに拡充できる可能性もある。交換レンズも種類を増やす余地が生まれた」

―カメラ市場全体は厳しい環境です。

「部品調達はいずれ回復するが市場の動きは読み切れない。販売に影響は出ているが、動画投稿の増加など在宅環境でも新たな楽しみ方や需要が出ている。収束後は自粛や制限がなくなることで、好景気に転じることも期待したい」

―生産面について、今回の経験を今後どう生かしますか。

「部品調達の見直しは多角的な視点から検討している。代替調達でしのげている側面もあるが、難しい部材もある。部材の性質を見極めながら判断する。世界的に影響が出ている中、場所を変えれば解決する話でもない」

戸倉 剛 氏
日刊工業新聞2020年5月12日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
覚悟はしていましたが3月の需要の落ち込みの大きさには驚きました。外出やイベントといった事象との距離が近いカメラは嗜好品の中でも特に厳しい立場に立たされていると思います。とはいえ、SNS等を通じた動画コンテンツの注目度上昇やウェブ会議に一眼カメラを使う人の登場など、現在の環境は必ずしも悪い話ばかりというわけではなさそうです。ポスト・コロナ社会の消費者の心をどのようにつかむのか、各社の工夫に期待しています。

編集部のおすすめ