プリファード・ネットワークスが開発「原子レベルシミュレーター」が材料開発に与えた衝撃
人工知能(AI)大手のプリファード・ネットワークス(東京都千代田区、西川徹社長)とENEOSが開発した原子レベルシミュレーター「マトランティス」が材料開発に衝撃を与えている。原子スケールで材料の挙動を再現して大規模な材料探索を高速で行える。量子論に基づいた膨大な計算が必要だった材料解析をAIで代替する道が見えてきた。
「多くの問題で量子化学計算を使った場合にほぼ匹敵するような精度を達成できることを確認した」。両社の共同出資会社であるプリファード・コンピュテーショナル・ケミストリー(PFCC、同千代田区)の岡野原大輔社長は話す。
高速計算の秘密は量子化学計算の“結果”を瞬時に得られるAIモデルにある。AIは分子内の原子の位置関係とポテンシャルエネルギーの関係の膨大な組み合わせを数年かけて学習しており、これを使い未知の物質のエネルギーを計算せず瞬時に導く。同エネルギーを使い分子動力学計算を行うことで、量子化学計算に近い精度で原子や分子の構造、性質を解析する。
学習済みモデルをクラウドサービスで提供することも重要だ。ユーザーは教師データの用意やモデルの構築をしなくていい。計算に大きなリソースを割けない個人や研究室も、原子スケールで材料の挙動を調べられる。スピードに加え、技術の“民主化”も、革新的な材料・素材の創出に大きく寄与する。
9月に提供を始めた最新版では、対応元素を周期表の微量元素を除く大部分をカバーする72元素に拡大した。排ガス浄化触媒や水素吸蔵合金などに使われるレアアース(希土類)などに対応し、エネルギー問題の解決に向けた材料開発に役立ててもらいたい考えだ。
現在マトランティスは、原子が最も安定した状態(基底状態)を求める第1原理計算を高速化している。これで十分に新材料開発に役立つが、AIの進化で「より多くの量子化学計算を解けるようになる可能性は十分にある」(岡野原社長)。例えば、基底状態以外を扱う手法のCCSD(T)などに匹敵する高精度な計算をAIで高速に解く研究も少しずつ進展している。
ただ、AIで解ける問題が増えても、量子コンピューターでしか解けない問題や量子コンピューターでも解けない問題もある。「今すぐ使えて発展し続けるAIと、将来的に大きなブレークスルーを起こすかもしれない量子コンピューターを組み合わせ、問題解決に取り組む必要がある」(同)。量子コンピューターがもたらす次の革新に期待する。