自慢のノウハウ生かす…油脂メーカーたちが「PBF」素材を本格展開
国内油脂メーカーが、植物由来の食品「プラントベースフード(PBF)」素材の事業展開に乗り出した。乳製品やラード、牛脂などの風味を植物由来の原材のみで再現し、食品加工メーカーや外食関連企業に提案する。油脂メーカー各社は環境や社会に配慮したエシカル(倫理的)消費、健康への関心の高まりに対応する。また大豆やパーム油の価格が高騰する中、付加価値を高めて売価を上げ、収益性を維持・向上する狙いもある。(大川諒介)
【植物油・由来原料で再現】製品開発で社会貢献
PBFは、植物由来の原材料を使用し、畜産物や水産物に似せて作られる食品。最近では、植物性たんぱく質を使った「植物肉」などの流通が増えている。このPBFをめぐり油脂メーカーが手がけるのは、材料を加工して商品にするための業務用素材だ。
対象は大きく二つある。一つはバターや牛脂、ラードなどの動物由来食品素材。もう一つは、一般的に植物油に粉乳などの動物由来材料を添加して作られるホイップ、マーガリンなどの油脂加工品だ。これらを植物油と植物由来の原料のみで再現する。各社は既存製品とは異なる製品群として展開し、ブランディングや市場開拓に乗り出している。
ADEKAは、4月に植物性油脂などで味を再現したチーズクリームや、オーツ麦を主原料とする高濃度オーツミルク、ホイップクリームなど4品目を発売した。乳製品の代替として提案しており、「植物性独特の風味がなく、『自然な乳感』を売りにしている」(池田憲司執行役員)ことが特徴だ。オーツミルクは濃縮タイプで提供し、クリームチーズは冷凍・解凍耐性を高めるなど工夫。調理での利用に加え、冷凍食品への加工でも扱いやすくした。
PBF素材は「デリプランツ」のブランドで展開する。池田執行役員は「動物性食品の環境負荷に対する問題意識の高まりからPBF市場が拡大した面がある」とし、「植物油脂の技術を応用した製品開発で社会貢献できる分野として着目した」と参入理由を語る。
2030年までに海外市場を含むPBF分野で売上高100億円以上という目標を掲げる。同社の21年3月期の食品事業全体の売上高の約15%に当たる水準。今後は工場のあるアジア地域などにも展開し、PBF素材を新たな事業の柱として育てる方針だ。
【「おいしさ」こだわる】外食企業など連携
ミヨシ油脂はバターや牛脂、ラードの風味を再現したPBF素材を手がける。20年から「botanova(ボタノバ)」のブランドで展開し、「動物由来ならではの『おいしさ』を再現することに最もこだわった」と堀内貴美子プロジェクトマネージャー(PM)は語る。
不二製油もパーム油、カカオ、大豆など植物原料を使用したPBFの提案や、外食企業などと連携した商品開発を行っている。同社は長年、大豆加工製品を手がけ、代替肉として注目される大豆ミートなども展開する。今後はたんぱく質と油脂を組み合わせることで、濃厚な食感や風味を備えたPBFの開発に取り組むとしている。
ノウハウ生かし風味追及
各社ともPBF素材の開発では既存事業のノウハウを生かした。
ミヨシ油脂は、製品化の前の18年にPBF市場が日本より早く立ち上がった欧米で現地調査を実施した。堀内PMは「代替製品に植物性独特の風味が残っていた」と振り返る。豆類の油が酸化し生成されるヘキサナールなどの成分が、青臭いにおいの元になるという。これをどうマスキングするかが、製品開発の課題となった。
同社はマーガリン類のほか、ラードなど動物性油脂に関する技術を持つ。ラード、牛脂を代替するPBF素材の開発では、畜肉特有の香気成分を分析。香り付けに野菜や米麹発酵物などの素材を使用し、風味のバランスなど配合テストや試作を重ねて仕上げた。
ADEKAは開発で、既存のマーガリン事業などで培った「植物油脂で乳風味を引き立たせる技術を応用した」(池田執行役員)と説明する。植物性原料に含まれるでんぷんの組み合わせや、ミネラル分の調整、油と水分が混ざり合う乳化現象などを分析し、風味や「乳感」を再現した。
【植物油の取引価格高騰】付加価値向上で収益性維持
マーガリンなど油脂加工品の主原料である植物油の取引価格は、ここ3―4年で上昇し続けている。マレーシア市場に上場するパーム油先物相場の期近物は19年に1トン当たり約6万円(2000リンギット)前後だったが、足元では約3・5倍まで上昇。バイオ燃料にも利用されることから需給が逼迫している。大豆などの穀物価格も高騰し、さまざまな植物油の価格に影響を与えている。
油脂メーカーは製品の価格改定を年に複数回行っているが、顧客である食品加工メーカーや外食関連企業との値上げ交渉は容易でないという。原料価格高騰による収益力低下を回避するため、商品の付加価値向上に向けた取り組みが重要になっている。
そこで期待されるのが、PBF素材だ。製造コストは高くなるが、「植物のみ」という点を付加価値として訴求し、販売価格はおおむね「既存製品の高級価格帯」に設定して展開している。
今後、重要になるのはPBF素材の「量」の拡大だ。そのためには食品業界全体でPBFの環境負荷低減や健康などへのメリットを消費者に訴え、それらが商品価値として広く受け入れられるかがカギを握る。
具体的な取り組みとしてはまず、品ぞろえの拡充が必要になる。油脂メーカーの顧客である食品加工メーカーや外食といった企業は、多様化するPBFの消費者ニーズに応えるため、商品を細分化していく流れにある。これに対応し油脂メーカーには、チーズやバターなどのPBF素材において、それが最終的に使用される商品やレシピに合わせて、風味や見た目を工夫することが求められる。ADEKAは「アイテム数を積極的に増やしていく」と展望を示す。
また最終製品メーカーなどと連携し、消費者ニーズを的確に捉えたヒット商品を創出することが欠かせない。PBF市場はまだ定番が定まらない「萌芽期」であり、油脂メーカーには既存事業以上の提案力が求められる。ミヨシ油脂は「食材との多様な組み合わせを提案していきたい」と意気込む。
消費者にとってPBFがより一層身近な存在になるまでに、どんな新しい「おいしさ」が生み出されるのか。発展を影で支える油脂メーカーの動向が注目される。