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GAFAにはできない、積水ハウスの“本当の”スマートホーム始動

連載・医療データは誰のモノ #07
GAFAにはできない、積水ハウスの“本当の”スマートホーム始動

米ラスベガスで開かれた家電・IT見本市「CES2020」で「HED-Net」を紹介する積水ハウスの石井正義執行役員

「家を幸せのプラットフォームにする」―。積水ハウスはこうしたコンセプトを掲げ、IoTやセンサーを活用して「健康」「つながり」「学び」をテーマにしたスマートホームサービスを提供する「プラットフォームハウス構想」を披露した。2019年1月に米国ラスベガスで開かれた家電・IT見本市「CES2019」の一幕だ。それから約2年、同構想の第一弾サービス「在宅時急性疾患早期対応ネットワーク(HED―Net・※1)」の運用が年内に始まる。実際の住宅において居住者が参加するパイロットプロジェクトを行い、システムの有効性を検証して一般販売につなげる。

一方、スマートホームは誰もが求めるサービスが出ておらず、普及への道筋は見えない。センシングされ、データが蓄積されることに対する居住者の心理的障壁も課題とされる。積水ハウスはそうした現状をどう受け止め、どう事業を推進するのか。石井正義執行役員プラットフォームハウス推進部長に聞いた。(聞き手・葭本隆太)

※1HED-Net:住宅内で居住者のバイタルデータを非接触で検知・解析し、脳卒中などの急性疾患を発症する可能性がある異常を検知した場合に緊急通報センターに通知し、救急隊が駆けつける世界初のシステム。緊急通報センターのオペレーターが安否確認し、救急への出動要請を行い、救急隊の到着を確認した上で玄関ドアを遠隔解錠・施錠するところまでを一環して行う。居住者にストレスをかけない検知・解析を目指して非接触センサーを採用した。

家が解決すべき重要な社会課題

―プラットフォームハウス構想の第一弾として構築した健康サービスの実運用が始まります。
 我々は元々「安全・安心」や「快適」(な住宅の提供)を重要視してきました。新しい技術を使ってそれらをもう一段進める取り組みが「プラットフォームハウス構想」です。(その中で)快適な住宅としては断熱性能(の向上)を推進してきました。これは二酸化炭素(CO2)の削減という地球環境(への貢献)や光熱費が割安になる(居住者の直接的な)メリットがあると同時に、居住者の健康に役立ちます。(屋内の寒暖差で脳こうそくなどを引き起こす)ヒートショックの予防はその一つです。(その意味で、)病気になりにくい住宅作りは大事にしてきました。(「健康」をテーマにしたソリューションの提供は)これらの延長線上の取り組みです。

―急性疾患への対応に着目した理由は。
 (急性疾患への対応は)住宅が頑張って解決すべき(重要な社会課題)だからです。急性疾患(※2)は家の中で発生する事故が多く、(脳卒中と心疾患、溺死、転倒・転落により)年間7万人が家で亡くなっています。仮に亡くならなくても(発症した結果、)家族による介護の問題が出てきます。(それをどのように防ぐか)現在の人口構成を考えれば、今後増えていく可能性が高い課題でもあります。

※2急性疾患の一つである脳卒中の発症者数:年間約29万人。そのうち79%の人が家の中で発症している。家での発見の遅れから年約1万5000人が住宅内で死亡していると推計される。
HED-Netの一連の流れ

―「HED―Net」は非接触センサーで居住者のバイタルデータを取得するのが特徴です。
 (HED―Netにおいて)センサー技術は重要な要素です。生活の雑音がある中で、とても小さな動きである心拍や呼吸を拾い出します。パイロットプロジェクトでは実際の家で(心拍や呼吸を適切に拾い出せるかを)検証していきます。(一方、)HED―Netは、(心拍や呼吸の変化などから)異常を検知して救急隊に出動を要請し、玄関ドアのカギを遠隔で開けるところまでの一連の流れが価値になります。

―一般販売の見通しを教えてください。
 季節の移り変わりの影響も踏まえると、最低1年くらいはパイロットプロジェクトで(システムの有効性を)検証しなくてはいけません。その検証結果を反映した上で(一般販売)となります。

―一般の居住者にとって「急性疾患の対策」は自分事として捉えにくいテーマに感じます。有償サービスとして需要を喚起するのは難しくないですか。
 まずは(急性疾患などで年間7万人もの方が亡くなっているリスクに)気づいてもらうことが大事です。自動車は安全を気にしてオプションをつけます。住宅もそれと同様だと認識してもらい、(我々としては)導入しやすいサービスを設計します。(導入しやすさとしては、赤外線カメラなどのように目立たない非接触センサーを使って)生活の中で意識しにくくするといったこともそうですし、具体的な利用料はこれから詰めますが、決して高くはできないと認識しています。

断熱性能のように標準化したい

―「HED―Net」を発表した際に、その普及による社会コストの削減効果(※3)を強調されました。住宅商品の差別化というよりも、標準的に備わる仕組みにしたいという意欲を感じます。
 (一定の高い)断熱性能が一般化したように、普通にしていきたいです。そうしないと駄目だと思います。

※3社会コストの削減効果:積水ハウスの資料によると、脳卒中や心疾患、溺死などによる社会コストは推計8兆4000億円―8兆7000億円。「HED-Net」などのプラットフォームハウス構想を実現した場合、そのうち9000億円―1兆9000億円を削減できるという。

―バイタルデータが日常的に取得できると、急性疾患の検知だけでなく、日常の健康状態などを管理するPHR(パーソナル・ヘルスケア・レコード)の機能も果たせそうです。
 住宅でバイタルデータを取得できる点は大きな価値です。居住者にとって毎日の健康状態が把握できるのはメリットになると思いますし、医学界からも(より適切な医療行為を行う上で毎日のバイタルデータに対する)要望はあります。住宅は毎日いる場所ですから、そこで取得できるデータを活用しない手はないです。

―御社としてバイタルデータを活用した健康アドバイスサービスを提供するお考えは。
 (健康アドバイスを提供するためには医学的な)エビデンスを明確にしなくてはいけません。(提供する)可能性はあると思いますが、慎重に行わないといけません。

―「つながり」や「学び」をテーマにしたソリューション提供の展望を教えてください。
 それぞれどのようなデータが蓄積でき、どう活用できるかといった検討はもちろん続けています。(一方で)地震に強い家は実験場でとことん検証して市場に投入できますが、(プラットフォームハウス構想に基づくソリューションは)実際の居住環境でどのようにデータが取得できるかといったことを繰り返し検証していく必要があります。一定の時間をかけながら順次投入します。

GAFAにはできないこと

―スマートホームの分野は米グーグルやアマゾン、アップルがAIスピーカーを投入するなど強い関心を示しています。その中で、住宅会社だからこそ提供できる価値はありますか。
 住宅という大きな枠組みの中で、広くサービスを提供していくためには、できるだけ今まで通りの生活を変えずに利用できる環境を作る必要があります。(そうした環境を作る上で)住宅トータルでセンサーをどのように動かすべきかなどは、住宅における過ごし方を深く理解している住宅メーカーがやるしかないと考えています。(バイタルデータを取得・活用する場合も)センサーが優秀ならできるというわけではありません。「住まいの暮らしに合わせた判断基準」が重要になります。(この判断基準の構築は、)GAFA(グーグル・アップル・フェイスブック・アマゾン)もすぐにはできないと考えています。

―「住まいの暮らしに合わせた判断基準」とはどのようなものでしょうか。
 例えば、夜中に寝室から出てトイレに行った場合、(寝室の)非接触センサーはデータが取得できなくなり、心臓が止まっている状態と判断してしまいます。(そういった行動を含めて正確にバイタルデータをとり続けるためには)部屋にいるのかいないのかを判断する必要があります。そこまで考えて設計しないと普通の生活に溶け込ませられません。

―一方、スマートホームは普及しているとは言いがたいのが現状です。
 (これまでのスマートホームは)技術の進化により新しく構築できたサービスを押しつけている感じがあります。展示会で見ると面白いけれど、生活に本当に必要かといわれるとそうではないと。(そうした状況を踏まえて)ときどき思います。例えば、家で料理を作るという行動のスマート化とは何か。遠くない将来に技術的にはレストランの味を自動で再現できるようになると思います。ただ、それで本当に幸せなのか。自動化は便利ですが、「イコール幸せ」とは違います。料理で言えば、作るものや作り方、食べ方を考えることを含めて幸せな食になります。(そう考えると)便利さを追い求めた製品やサービスは色々と出てきていますが、便利機能を追い求めるだけでは(一般の方々に広く受け入れられるには)限界があると思っています。

―「プラットフォームハウス構想」では、幸せに暮らせる住宅を目的にしたときのスマートさの最適解となるサービスを構築していくと。
 住宅会社としてはそれを構築しないといけないし、それができるのが住宅会社だと思っています。

―スマートホームはセンシングされることや個人のデータが蓄積されることに対する居住者の心理的障壁も課題と言われますが、どのように解決していきますか。
 当たり前ですが、あらゆる面でセキュリティーをしっかりしないといけません。(それを含めて)わかりやすさを確保しつつ安心して利用できるようにしないといけません。(そのためには、センシングして取得するデータの)利用目的を明確にすることもそうですし、どのようなセンサーを使うかもそうです。急性疾患を検知するセンサーとしてはカメラを使った方が早いという意見は出てきます。ただ、カメラを活用するとどこまでも監視されているように感じてしまい、居住者にとっては健康的な暮らしではなくなります。

―データ活用の目的を明確にして導入にしっかりと同意してもらう一方で、なるべく普段の生活では意識しない仕組みを作るというのは相反するテーマで両立は難しそうです。
 その両立(の難しさ)は間違いなく(課題として)出てきます。

―「HED―Net」は外販する方針を示していますが、家におけるデータを取得できるシステムを広く展開することで、データプラットフォーマーになるお考えということでしょうか。
 中長期的にデータを溜めていくことで、出来ることがあることはもちろん理解しています。ただし、まずは(目の前の課題に向き合うなど)一歩一歩(前進しよう)と考えています。

【連載・医療データは誰のモノ】
 #01 コロナ時代の武器に。健康医療データ持ち歩く「PHR」のすべて(10月6日公開)
 #02 【日本医師会の主張】PHRの価値と懸念(10月7日公開)
 #03 三井住友FGが認めた医療アプリの正体(10月8日公開)
 #04 医療問題噴出の「2025年」迫る。地方行政たちの悪戦苦闘(10月15日公開)
 #05 糖尿病やアトピー、患者同士の交流アプリが医療を変える(11月5日公開)
 #06 医療相談アプリに信念。元心臓外科医が考える遠隔診療の構造的問題(11月11日公開)
 #07 GAFAにはできない、積水ハウスの“本当の”スマートホーム始動(11月25日公開)

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葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
石井さんの話を聞きながら2014年頃に国土交通省でなされた一定の断熱性能などを求める省エネ基準義務化に向けた議論(当時は2020年に義務化する方針を示しましたが、18年に先送りが決定しました)を思い出しました。義務化の目的としてはCO2削減が前面にありましたが、「居住者の命にかかわる一定の耐震性は義務化されているのだから、ヒートショックを予防する省エネ基準も義務化すべき」という議論がなされた記憶があります。そうした経緯を考えると命を守る「HED―Net」にこそまず取り組み、標準化を目指す考えは納得しやすいです。一方、有償サービスとして需要を喚起するのはやはり難しさが多くあるように思います。それをどう突破していくか、注目したいと思います。

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生活者がスマートフォンなどを通して病院の診療情報や毎日の健康データを閲覧したり、活用したりする「PHR」がじわり注目を集めています。他の病院や薬局に開示してより適切な診療や指導をうけるほか、PHRに蓄積された医療・健康データに基づき、最適な生活サービスを提供しようという動きも出始めています。PHRをめぐる動向を追いました。

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