糖尿病・アトピー患者が注目の交流アプリ。ソニー元社員や公認会計士がたどり着いた理由
同じ悩みを持つ患者同士が情報を共有したり、励まし合ったりする「ピアサポート」を核とするヘルスケアアプリが人気を集めている。糖尿病などの慢性疾患を治療する上で不可欠な生活習慣の改善を促す効果が期待できるとして、患者に利用を勧める医療機関も出てきた。ただ、ヘルスケアアプリはなかなか継続的に使われず、ビジネスとしての成功例はまだ少ない。患者同士が励まし合う仕組みはこの壁を打ち破るか。(取材・葭本隆太)
フィードバックが行動変容を起こす
川崎市川崎区にあるAOI国際病院。糖尿病・代謝内科では一部の糖尿病患者にスマートフォンアプリ「みんチャレ」の利用を勧めている。患者が匿名で5人1組となり、食事や歩数の情報をチャットに投稿し、励まし合うアプリの仕組みが、生活習慣を変えるきっかけになり得ると考えるからだ。
同病院の呉昌彦内科統括部長は「(糖尿病の治療において)患者の行動変容は重要なキーワードです。ただ、我々医師が(生活習慣の改善を)お願いしても(実現が)難しい。その中で、(同じ悩みを持つ患者同士が励ましあう仕組みは)よい方法だと思いました」と患者に勧める理由を説明する。実際に「アプリを利用している患者は前向きな気持ちで(生活習慣の改善を)継続している印象があります」という。
「みんチャレ」はソニー発ベンチャーのエーテンラボ(東京都渋谷区)が運営する。ソニー・コンピュータエンタテインメントでプレイステーションに携わった長坂剛CEOがソニーの新規事業として立ち上げ、2017年に独立した。
「人は積極的に行動すると幸せを感じ、継続できると(自分はこれを行うことができるという)『自己効力感』が向上して新しいことを始められることが科学的に分かっています。ゲーム(の楽しさ)はそうした行動経済学などを応用したもので、私自身は(ゲームの)プレイヤーとしても作り手としてもその価値を感じていました。これを人生や社会に実装したいと考え、(『ゲーミフィケーション』により習慣化を促す『みんチャレ』を)開発しました」(長坂CEO)
「みんチャレ」は糖尿病の改善や健康・美容、体重管理などのテーマ毎に同じ悩みを持つ利用者が匿名で5人1組のチームを作り、交流してもらうことで習慣化を促す。糖尿病改善の場合、5人それぞれが毎日の歩数や食事内容を写真を合わせて報告し、互いに励まし合う。利用者はチームメートの報告を閲覧したり、励ましを受けたりすることで刺激を受け、よい生活習慣が継続することで行動変容につながる。「みんチャレ」はチーム内で適切なフィードバックが行われる仕組み作りにこだわった。
「人は自分の行動が承認されるとその行動を正しいと認知して繰り返すようになります。その実現方法として5人1組(のスタイル)にたどり着きました。人数が少ないと報告に対するチームメートの反応が遅くなりますし、多すぎると参加者としての責任感が薄くなります。また、フィードバックも同じ内容が繰り返されると慣れて効果が薄くなります。常に想像できないフィードバックが行われる方法として、利用者同士の会話や他の利用者の報告を重視しました。現状のAI(人工知能)技術ではそうしたフィードバックはまだ難しいと考えています」(長坂CEO)
臨床研究で改善効果を証明へ
開発当初は自分磨きに励む女性をメーンの利用者として想定していたが、実際の利用動向を見ると生活習慣病患者に2-3年と長く使われていることが分かった。そこでそうした利用者を増やすため、「みんチャレ」を糖尿病などの患者に推奨してくれる医療機関の拡大に注力している。医師が勧めたり、患者が自ら手にしたりしやすいようにみんチャレの利用による糖尿病リスクの改善効果を証明する臨床研究も始めた。
「現在のデイリーアクティブユーザー(1日の利用者数)は2万人。これでは少なすぎます。まずは100万人まで増やしたい。(その中で)健康はきっかけがないと意識しません。医師から紹介されれば、自然な流れで使われると思います。一方、100万人を超えると、みんなが楽しそうに使っているから利用しようという流れができると考えています」
収益源は月500円の有料会費。有料会員数は非公表だが、「一般のヘルスケアアプリに比べると課金率は高い」(長坂CEO)ため、このモデルを中心に事業を拡大させていく。同時に、企業健保や地方自治体が被保険者や住民の健康増進を促すためのツールとしての需要も狙う。
「見える化」が心の支えに
「アトピー性皮膚炎の方々の意見を実際に聞いたことで、同じ悩みを持つ他人とつながれる価値に気づき、(アトピーを見える化する無料アプリの)『アトピヨ』を発想しました」。個人で「アトピヨ」を運営する公認会計士のRyotaro Akoさんはそう説明する。
「アトピヨ」は利用者が疾患の経過に関わる画像の管理や投稿を行ったり、他の利用者と交流したりできる。18年7月にios版アプリの提供を始め、現在のダウンロード数は約1万4000件に上る。利用者は自分や子供の肌トラブルに悩む20―30代の女性が中心だ。
開発の背景にはAkoさんの経験がある。自身もアトピーやぜんそくなどのアレルギー疾患に悩まされており、15年には旅先で救急車で運ばれるほどの強いアレルギー反応を起こしてしまった。これをきっかけに、アレルギーの中でも症状が外見に表れ、患者の精神的負担が重いといった理由でより強い問題意識があったアトピーの患者を対象にしたデジタルサービスの構築を模索した。
「アトピヨ」の構想を固めたのは17年9月。アトピー患者と交流する中で、同じアトピー患者向けに闘病体験を赤裸々に綴ったブログが人気を博していることを知った。患部の経過を画像で紹介していた。また、ツイッターでは患者同士の交流が見られ、匿名で患者同士が交流できる場は価値があると考えた。この二つの要素を盛り込んだのがアトピヨだ。プログラミング教室に通って自らアプリの開発にこぎ着けた。
「アトピヨ」には現在、約2万3000枚の画像が投稿されている。投稿者は公開か非公開かを選べるが、1万枚程度が公開されている。
「同じ悩みを持つ他の人の画像を参考にしたい見るだけのアプリ利用者は多いですが、積極的に投稿する方もいます。アトピーは同じ疾患を持っていない人とは悩みが共有できず、多くの患者が孤独に戦っています。画像を投稿する利用者には他の人とつながって孤独感を薄めたり、励ましを受けて前向きになったりする目的で使ってもらっています」(Ryotaro Akoさん)
直近では全国のアトピー患者の1%に当たる6万人の利用を目標に掲げる。21年にはAndroid版アプリやウェブ版の投入を予定する。また、現在は収益化を行っていないが、「アトピヨ」で培ったリソースを活用した医療機関や製薬企業のサポートによる成長を模索している。
不適切情報が混じるリスクを抑制せよ
ヘルスケアビジネスに詳しい三菱総合研究所ヘルスケア・ウェルネス産業グループの古場裕司グループリーダーは「みんチャレ」や「アトピヨ」について、個人課金型のヘルスケアアプリは成功例が少ないことなどを理由にビジネスモデルの構築を課題に挙げつつ、それぞれのアプリが持つ機能を評価する。
「ヘルスケアビジネスの難しさの大きな要因として個人に行動変容を促したり、継続させたりすることが困難という点があります。『仲間と組む』仕組みはそれを解決する一つの方法として有効と考えます。また、疾患(への対処)は医学的な知識だけでなく生活上のちょっとした工夫のような『当事者が経験した情報』が有益な場合があります。米国では『Patients Like Me』といった患者コミュニティーがあり、日本でもそうした取り組みを期待する声はあります」
一方、患者同士が交流するアプリには懸念もある。科学的根拠のない治療法の紹介などが混じって利用者に悪影響を与える可能性だ。AOI国際病院の呉内科統括部長もこうした懸念から「(「みんチャレ」は利用者が自身の治療内容を他の利用者に勧めることを禁止するなど不適切な情報の混入を防ぐ体制を整えているが、)今後も医療の要素は入れてほしくない」と要望する。アトピヨも同様の懸念を重要な課題と認識しており、不適切な情報を運営側が監督したり、他の利用者が通報したりできる体制などを整えている。
とはいえ、会員数が増えれば増えるほど、適切なコミュニティーの管理は難しくなる。「みんチャレ」や「アトピヨ」が成長していく上で、適切なコミュニティーを維持する不断の努力は外せないポイントと言えそうだ。
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