コロナ禍でのSDGs活動、日本に決定的に足りないもの
2030年を期限とする持続可能な開発目標(SDGs)が試練を迎えている。新型コロナウイルス禍で政府は目先の景気対策を優先し、企業もSDGsは後手に回りがちだ。しかし、海外に目を転じると、欧州連合(EU)は環境と紐づけた景気対策「グリーン・リカバリー」に大きく舵を切り、SDGsで世界をリードしようと動く。
日本に足りないものは何か。NPO法人NELIS(ネリス)代表理事で大学院大学至善館教授のピーターD.ピーダーセン氏に日本の課題を聞くとともに、9月25日に日刊工業新聞社が発行した書籍『SDGsアクション<ターゲット実践>インプットからアウトプットまで』から解決策のヒントを探る。
―今の日本のSDGsへの取り組み状況について、どのように捉えていますか。
「多くの人がカラフルなSDGsのバッジを着けて盛り上がった去年ぐらいがピークで、最近は熱が冷めてきたように感じる。SDGsがある程度、企業や自治体などに浸透し、さらに歩を進めるにはどうすればいいか、皆、考えあぐねているようだ。一種の踊り場かもしれない」
―どうすれば日本は前進できますか。「まずSDGsの構造を理解してほしい。よく言われる3層のウエディングケーキの一番下に海・陸の豊かさや気候変動など生物圏、2層目に貧困や教育など社会、一番上に経済成長やイノベーションがある。今回のコロナウイルスは自然界から発生し、いわば一番下の層で起きたことが社会や経済成長まで大きな影響を与えた。土台である一番下の層がしっかりしていないと、他の層にも影響を与えることがわかった。これをいい教訓にしてほしい」
「コロナは恐らく来年には収束に向かうだろう。しかし、気候変動や食料、水、エネルギーなどの構造問題はコロナのように、ワクチンが開発されたら解決する事象ではない。世界を見回すと、米国のカリフォルニア州では記録的な山火事が発生し、アマゾンの熱帯雨林は破壊面積が1-6月期に過去最大となった。グリーンランドの氷床の融解量は過去最多と報じられている。これは世界の近代工業文明が生存の危機に瀕していることを示す。日本はもっとこうした問題へ目を向け、危機意識を持たないといけない」
―SDGsを推進するには、経営改革が必要です。「最近、日本ではデジタル変革(DX)が注目されている。DXも大事だが、私はその前にサステナビリティ・トランスフォーメーション(SX、SDGsに沿った経営改革)をやろうと言っている。なぜならSXの方が社会の基盤であり、これがなければ経済成長もDXも達成できないからだ。ここにきて経済産業省もSXという言葉を使い始めた。とてもいい兆候だ。ぜひDXだけでなく、SXに取り組む企業も増えてほしい」
―SDGsの達成度ランキングで、日本は世界で17位(2020年、SDSN)でした。なぜ10位圏内に入れないのでしょうか。「まず政治・経済リーダーのSDGsに対する世界観と行動への覚悟が足りない。特に政治リーダーだ。小泉環境相は少し頑張ろうとしているが、自民党は一枚岩ではない。いろいろな利権が絡んで議員ごとにベクトルはばらばらだ」
「EUは27カ国が加盟しているが、気候変動対策を巡り、ベクトルは1つだ。各国の利害を乗り越え、目標を達成しようと一致団結している。この点が、エネルギー業界の利権や省庁間の壁を乗り越えられない日本との違いだろう」
「例えば、コロナで渡航需要が落ち込み、航空業界は打撃を受けた。こうした業界へ政府は支援するが、条件として企業には環境負荷が低い機体への移行を求める。日本は政府系金融機関が日産自動車へ巨額の危機対応融資を決めたが、こうした条件は付けていない」
―民間企業の課題は何ですか。「日本企業の中には消費者の環境意識が高まるのを待っているところがある。環境配慮型の製品は割高なため、まだ消費者はそうした高価なモノに金を払わないとの見方だ。これではいけない。例えばデンマークの場合、1987年に有機農業を促す法律が制定され、しばらくは有機食品の市場は小さく、価格は高かった。だが1992年に最大のチェーン系スーパーが意図的に有機食品の価格を2-3割下げ、他のスーパーも追随した。その結果、1993年頃から有機食品の市場が拡大し、消費者の手の届く価格帯になった」
「同等の価格帯なら有機食品を選ぶ人が多い。こうして市場が形成されていった。行政と企業のベクトルが同じで、一緒になって市場を創造していった。日本も企業と行政が協力し合って市場をつくっていくべきだ」
「ミレニアル世代(1980-1995年生まれ)やさらに若いZ世代(1996-2015年生まれ)はSDGsへの関心が高い。10代の環境活動家のグレタ・トゥンベリさんがいい例だ。こうした世代は物心ついた頃からIT機器に親しむ“デジタル・ネーティブ”と呼ばれているが、私は“サスティナビリティ・ネーティブ”と呼んでいる。物心ついた頃から環境問題への関心が高いという意味だ。この世代は、環境・社会に配慮していない製品はダサいと考える。社会変革の志が高い。こうした世代に私は期待している。国も企業も、もっと若い世代の声に耳を傾けるべきだろう」
新刊の紹介
書名:SDGsアクション <ターゲット実践>インプットからアウトプットまで
著者名:日刊工業新聞社 編、松木喬・松本麻木乃 著
<販売サイト>
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Rakutenブックス
Yahoo!ショッピング
日刊工業新聞ブックストア
<書籍紹介>
国連加盟国によって採択されたSDGsは、17の目標と169のターゲットで構成されている。本書では、日本企業が取り組みやすいターゲットを取り上げ、企業が実践しやすい具体的な活動を、ターゲットごとに整理。企業規模、産業分野などの垣根を越え、70以上のケーススタディを紹介する。
他社が実際に行っている活動から、SDGsを推進したい企業関係者に具体的なSDGsの取り組みのヒントを与える。
ピーター D.ピーダーセン氏のSDGs関連書籍
書名:SDGsビジネス戦略 企業と社会が共発展を遂げるための指南書
著者名:ピーター D.ピーダーセン、竹林征雄 編著
<販売サイト>
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Rakutenブックス
Yahoo!ショッピング
日刊工業新聞ブックストア
<書籍紹介>
SDGs採択に到るまでの背景や、 SDGsの考え方、事業への活かし方を紹介しているほか、SDGsを事業として取り組む際に役立つツール(ワークシート)も掲載。また、企業活動で特に重要な12の目標については、各界の有識者らが詳しく解説する。
企業事例や造園家の涌井史郎氏による特別寄稿、中井徳太郎・環境省総合環境政策統括官と熊野英介・アミタホールディングス代表取締役による特別対談も収録。巻末に、SDGsの17目標・169ターゲット一覧付き。