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売り上げがたたない…不動産業界でテック企業が生き残るための必須条件

興亡・不動産(4)-テックの衝動
 不動産テック企業は年々増加し、今や200社以上あるとも言われる。ただ、「しっかりとした売り上げを出せている不動産テック企業はまだ少ない」(アナリスト)のが現状だ。例えば人工知能(AI)による物件価格の可視化サービスは多数登場しているが、その価格情報だけでは売り上げが立たず、各社は収益化の方法に頭を悩ませている。その中で着実に成長を続けるベンチャー企業がある。彼らに共通する必須の要件として不動産業の現場の仕事に対する理解が浮かび上がる。

4度目の挑戦でたどり着いた


 「テクノロジーの活用と仲介や管理などのリアルな事業の両方に対応できる体制を構築した成果だ」。GAテクノロジーズ(東京都渋谷区)の樋口龍社長は力を込める。同社は設立わずか5年で売上高96億円に成長した。不動産テック企業の成長株として注目を集めている。

 同社は利用者が相場価格などの物件情報を閲覧したり、人工知能(AI)から最適な物件情報の提案を受けたりできるサービス「リノシー」を展開する。このICTサービスで集客し、投資用・居住用物件の売買仲介で収益を上げる体制が奏功している。

 ただ、創業時からこの体制を構想していたわけではない。売買仲介事業を展開しつつ挑んだ一般消費者向けの新規事業には、3度失敗している。訪日外国人向けのホームステイ物件紹介サイトや、投資マンションの比較サイトなど「必死に面白いアイデアを探して展開した」(樋口社長)が、どれも成功しなかった。そこで売買仲介の現場に立ち返り、自らの業務の生産性向上や顧客視点で求められるサービスを構想し、構築したのがリノシーだったという。樋口社長は「マーケットインで考えたことでうまくいった」と振り返る。

 15年に創業したイタンジ(同港区)も自らが賃貸仲介事業を展開していた経験を基に開発した業務効率化サービスで存在感を示している。同社の伊藤嘉盛最高経営責任者(CEO)は「直近は我々のサービスの認知度が高まり、急速に導入数が拡大している」と手応えを強調する。同社のICTサービス「ノマドクラウド」は借り主から物件の問い合わせがあった際に物件情報を自動で送信したり、借り主からの問い合わせにAIが自動で返信したりする。導入はこの1年で4倍の約400店舗にまで増えたという。

 こうした中、不動産テック企業と既存の不動産業者をつなぐ団体「不動産テック協会(仮)」が7月にも発足する。協会設立準備メンバーであるリマールエステート(同中央区)の赤木正幸社長は「不動産テック企業はもちろん、ICTの活用を模索している不動産業者は多い。両社は互いに連携する場を求めている。結び付けたい」と力を込める。

 「人口減少などを見据えると不動産業界は成長の限界が近い。ICTによる生産性向上は避けて通れない課題になった」(谷山智彦・野村総合研究所上級研究員)。その中で団体の発足がICT活用の波をさらに大きくし、不動産テック企業の成長を加速させる契機になるか注目される。

不動産業界のアマゾンを目指す/GAテクノロジーズ・樋口龍社長


 -創業5年で売上高96億円に成長しましたね。
 「テクノロジーの活用と仲介などリアルの部分の人材の質の両方の最善の体制を求めた成果だ。特にリアルの部分は仲介やリノベーション、管理まで一気通貫でやる体制を取っている。リアルとテクノロジー活用の片方しかやっていない企業はうまくいかない」

 -不動産業界の「アマゾン」を目指すと公言されています。
 「アマゾンで買った商品の到着が1カ月後だったり、届いた商品の包装材がボロボロだったりしたら誰も使わない。リアルの部分の品質を含めて高い顧客体験(UX)を提供している。我々もサイト運営とリアルの部分の両方で高い質を確保し、顧客との関係を強化する。それにより、例えば我々から投資用物件を購入した方に、居住用物件の購入検討時にも相談しようと思ってもらえる」

 -ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)のCEOなどを務めた久夛良木氏など優秀な技術者を顧問に迎えています。
 「不動産業はテクノロジーの浸透が遅れている巨大市場と言われる。ただ、テクノロジーが入らない業界はない。(久夛良木氏らには)アナログな業界にテクノロジーを導入する仕事を面白いと思ってもらっている。我々が『不動産テック企業』の中で存在感を高められていることも大きい」

 -今後の戦略は。
 「不動産のことならリノシーにすべてそろっている状況を作る。その一環として今夏には、個人が少額で不動産に投資できる『不動産クラウドファンデングサービス』を始める。また、リノシーのプラットフォームを全国各地の不動産会社に提供する。フランチャイズの形で2020年までに展開したい」
GAテクノロジーズ・樋口龍社長

賃貸業務向けのプラットフォームを拡大する/イタンジ・伊藤嘉盛CEO


 -「ノマドクラウド」などの導入がこの1年で大きく進みましたね。
 「初期に導入した企業で(システムによって)成約率が上がるなど効果が目に見える形で出てきた。不動産業界は横のつながりが強いため、業界に実績が浸透すると広がりやすい。その分、最初の導入実績を上げるまでは苦労した」

 -なぜ賃貸事業者向けにシステムを開発したのですか。
 「元々は自社で賃貸仲介を行っており、業務の非効率な部分が分かっていたからだ。また、売買仲介は大手が強く(導入先の)プレーヤーが限られている。賃貸市場はプレーヤーに多様性がある」

 -どのような成長戦略を描いていますか。
 「賃貸契約回りにはITにより効率化できる業務がまだまだたくさんある。家賃保証や審査などだ。そうした部分を効率化できるサービスを増やして我々のプラットフォーム(PF)を大きくしていく」

 -PFの利用企業をどのように増やしますか。
 「営業活動はもちろん行うが、それ以上にプロダクト志向。いいものを作ることが利用企業の拡大につながると思っている。不動産会社の需要をよく聞き取って製品をよりよくしていく」
イタンジ・伊藤嘉盛CEO

興亡・不動産 -テックの衝動


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ニュースイッチオリジナル
葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
不動産テック協会がまもなく発足します。連載第3回で触れた「不動産テック」という言葉が注目されるきっかけになった「おうちダイレクト」が登場した際、既存の不動産業者はICTは自分たちの仕事を奪うものと捉え、その後、浸透が難しい期間があったと聞きます。それから2年以上が経過し、やはり業務効率化、生産性向上にICTは欠かせないという雰囲気が醸成されてきたようです。協会の発足により、その雰囲気が形のあるものにつながるか注目です。

特集・連載情報

興亡 不動産―テックの衝動
興亡 不動産―テックの衝動
「不動産業は情報通信技術(ICT)導入の最後の巨大市場」-。IT企業から皮肉と期待を込めたこんな言葉が聞こえてくる。不動産業界は長らくICT導入の遅れが叫ばれたが、変革の兆しが見えている。不動産業界はICTによってどのような革新を遂げるのか、興亡の実像に迫る。

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