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ソニー不動産の挑戦が示したこと、住宅業界に“メルカリ”は生まれないのか
興亡・不動産-テックの衝動(3)
「不動産テック」という言葉が一躍注目された“事件”がある。2015年11月にソニー不動産(東京都中央区)とヤフーが「おうちダイレクト(現おうちダイレクト・セルフ売却プラン)」を始めたことだ。おうちダイレクトは、個人が仲介会社を介さずにインターネット上で自由にマンションを売り出せる。人工知能(AI)が算出した価格を参考に自ら値付けができ、成約時は仲介手数料がかからない。ソニーとヤフーという強力なタッグが始めた情報通信技術(ICT)サービスで、しかも仲介会社の仕事が不要になるような仕組みは、業界に衝撃を与えるには十分だった。
ただ、それから2年半。おうちダイレクトについて、不動産業界内では「存在感を示せていない」という声が相次ぐ。ソニー不動産によれば、「おうちダイレクトを通じた成約は毎月出ている。件数は増加傾向にある」という。ただ、具体的な件数は非公表。その上で「あくまで売却手段の一つ」と説明する。「マンション流通革命、はじまる。」というスローガンを掲げて始めたソニー不動産とヤフーの挑戦は、何を示したのか-。
「米国の不動産取引には、売り主自らが売り出すCツーC(消費者間)市場が10-15%程度あった。仲介会社は仲介業務を行わず、あくまで事務手続きや契約などのサポートに徹するため、売り主は支払う手数料が安くすむ。それを日本で展開しようと考えた」。ソニー不動産の元役員は、おうちダイレクトを始めた当時をそう述懐する。「不動産市場で新たな挑戦がしたかった」。それが、不動産業者が仲介する既存市場とは別のCツーC市場の開拓だったという。
既存の不動産業界はこのCツーC市場構想に衝撃を受けた。ネット上で売り主と買い主を直接結び付ける仕組みは、仲介会社の仕事を奪うと捉えたからだ。実際に売買仲介大手の中堅幹部は「(おうちダイレクトの登場で)“CツーC市場脅威論”が社内で巻き起こった」と振り返る。ただ、この中堅幹部は「現時点で居住用物件のCツーC市場は難しい」と断言する。そしてこれは現時点において業界の一般的な認識にもなっている。
フリマアプリ「メルカリ」が浸透し、個人同士が多様なモノを売り買いする時代だ。その中で不動産を自ら売り出すCツーC取り引きはなぜ難しいのか。この問いを仲介会社やアナリストに投げかけると多様な答えが返ってくる。「ほとんどの売り主は過去に不動産を売却した経験がなく、しかも高額な商品のため仲介会社に依頼して売りに出した方が安心感がある」「売り主には『1カ月で売りたい』や『半年かかっても高く売りたい』など個別の事情がある。それをくみ取って売り出し価格の妥当性を判断し、成約に結び付けるには仲介会社の力が必要」「売り主は仲介会社に依頼するのが当然と思っており、そもそも自らが売り出す発想がない」-など。
さらに、注目すべき事実がある。おうちダイレクトが参考にした米国のCツーC市場が縮小傾向にあることだ。全米リアルター協会(NAR)によると、17年に売り主自ら売り出していた物件の割合は流通市場全体の8%で過去最低の水準という。この背景について米国の不動産市場に詳しい三井住友トラスト基礎研究所(東京都港区)の北見卓也主任研究員は「仲介手数料を負担しても(仲介会社を通じて)多くの人に紹介してもらった方が、より高くより安全に売れる事例が多いためだろう」と推察する。
おうちダイレクトは仲介手数料がかからないことが最大のメリットだ。ただ、米国の現状に照らせば、それ自体もあえておうちダイレクトを選ぶ動機にならない可能性がある。
一方、CツーC市場のすべてを否定する声もまた少ない。特に投資用物件についてCツーC市場の可能性を指摘する声は多く、市場開拓を見据える事業者もいる。その背景として、投資用物件は購入したり売却したりする際の判断材料の中で物件価格や利回りの比重が圧倒的に大きく、居住用物件に比べると購入や売却を判断しやすい点が挙げられる。野村総合研究所の谷山智彦上級研究員は、「投資用物件はお金を投じてお金が返ってくるという単純な物件のため(株式など)他の投資商品と同じように捉えることもできる」と指摘する。
仲介大手の野村不動産アーバンネット(東京都新宿区)は、「(投資用物件のCツーC市場に)関心はある」と断言する。同社は投資用物件専門の情報サイトを運営しており、その拡充策の中でCツーC取り引きの可能性を模索していくようだ。また、不動産情報ポータルサイト「ライフルホームズ」を運営するライフルも投資用物件をインターネット上で取り引きするプラットフォームの将来構想をもつ。
おうちダイレクトでも16年8月に投資用物件の取り扱いを始めており、「居住用物件に比べて(売り出し数における)成約に至る割合が高い。投資用物件は賃料収入を得ながら、希望の売却価格で成約できるまで(おうちダイレクトに)掲載し続けられるため、投資家にとって使いやすい」(ソニー不動産)と相性の良さを実感している。
おうちダイレクトの挑戦について、不動産業界は居住用物件のCツーC市場の難しさを示す事例と捉えた。一方でおうちダイレクトは、投資用物件のCツーC市場の開拓を狙う他の企業にとって先駆者になっているとも言える。
【01】お金だけじゃない動機も…若年層が注目する新たな不動産投資のかたち
【02】開拓者に聞く クラウドファンディングだから実現できる本当の不動産投資市場
【03】ソニー不動産の挑戦が示したこと 業界に“メルカリ”は生まれないのか
【04】売り上げがたたない…不動産業界でテック企業が生き残るための必須条件
【05】ブロックチェーンが賃貸住宅をホテルに変える?
【06】“不動産テック1.0”の立役者が描く未来【井上高志ライフル社長インタビュー】
【07】不動産仲介大手が火花散らす、“ICT競争時代”に入った
【08】「ソサエティ5.0」実現へ、国土交通省は不動産業の情報化を加速する
ただ、それから2年半。おうちダイレクトについて、不動産業界内では「存在感を示せていない」という声が相次ぐ。ソニー不動産によれば、「おうちダイレクトを通じた成約は毎月出ている。件数は増加傾向にある」という。ただ、具体的な件数は非公表。その上で「あくまで売却手段の一つ」と説明する。「マンション流通革命、はじまる。」というスローガンを掲げて始めたソニー不動産とヤフーの挑戦は、何を示したのか-。
米国流CツーC市場を作りたかった
「米国の不動産取引には、売り主自らが売り出すCツーC(消費者間)市場が10-15%程度あった。仲介会社は仲介業務を行わず、あくまで事務手続きや契約などのサポートに徹するため、売り主は支払う手数料が安くすむ。それを日本で展開しようと考えた」。ソニー不動産の元役員は、おうちダイレクトを始めた当時をそう述懐する。「不動産市場で新たな挑戦がしたかった」。それが、不動産業者が仲介する既存市場とは別のCツーC市場の開拓だったという。
既存の不動産業界はこのCツーC市場構想に衝撃を受けた。ネット上で売り主と買い主を直接結び付ける仕組みは、仲介会社の仕事を奪うと捉えたからだ。実際に売買仲介大手の中堅幹部は「(おうちダイレクトの登場で)“CツーC市場脅威論”が社内で巻き起こった」と振り返る。ただ、この中堅幹部は「現時点で居住用物件のCツーC市場は難しい」と断言する。そしてこれは現時点において業界の一般的な認識にもなっている。
フリマアプリ「メルカリ」が浸透し、個人同士が多様なモノを売り買いする時代だ。その中で不動産を自ら売り出すCツーC取り引きはなぜ難しいのか。この問いを仲介会社やアナリストに投げかけると多様な答えが返ってくる。「ほとんどの売り主は過去に不動産を売却した経験がなく、しかも高額な商品のため仲介会社に依頼して売りに出した方が安心感がある」「売り主には『1カ月で売りたい』や『半年かかっても高く売りたい』など個別の事情がある。それをくみ取って売り出し価格の妥当性を判断し、成約に結び付けるには仲介会社の力が必要」「売り主は仲介会社に依頼するのが当然と思っており、そもそも自らが売り出す発想がない」-など。
さらに、注目すべき事実がある。おうちダイレクトが参考にした米国のCツーC市場が縮小傾向にあることだ。全米リアルター協会(NAR)によると、17年に売り主自ら売り出していた物件の割合は流通市場全体の8%で過去最低の水準という。この背景について米国の不動産市場に詳しい三井住友トラスト基礎研究所(東京都港区)の北見卓也主任研究員は「仲介手数料を負担しても(仲介会社を通じて)多くの人に紹介してもらった方が、より高くより安全に売れる事例が多いためだろう」と推察する。
おうちダイレクトは仲介手数料がかからないことが最大のメリットだ。ただ、米国の現状に照らせば、それ自体もあえておうちダイレクトを選ぶ動機にならない可能性がある。
投資用物件に活路あり
一方、CツーC市場のすべてを否定する声もまた少ない。特に投資用物件についてCツーC市場の可能性を指摘する声は多く、市場開拓を見据える事業者もいる。その背景として、投資用物件は購入したり売却したりする際の判断材料の中で物件価格や利回りの比重が圧倒的に大きく、居住用物件に比べると購入や売却を判断しやすい点が挙げられる。野村総合研究所の谷山智彦上級研究員は、「投資用物件はお金を投じてお金が返ってくるという単純な物件のため(株式など)他の投資商品と同じように捉えることもできる」と指摘する。
仲介大手の野村不動産アーバンネット(東京都新宿区)は、「(投資用物件のCツーC市場に)関心はある」と断言する。同社は投資用物件専門の情報サイトを運営しており、その拡充策の中でCツーC取り引きの可能性を模索していくようだ。また、不動産情報ポータルサイト「ライフルホームズ」を運営するライフルも投資用物件をインターネット上で取り引きするプラットフォームの将来構想をもつ。
おうちダイレクトでも16年8月に投資用物件の取り扱いを始めており、「居住用物件に比べて(売り出し数における)成約に至る割合が高い。投資用物件は賃料収入を得ながら、希望の売却価格で成約できるまで(おうちダイレクトに)掲載し続けられるため、投資家にとって使いやすい」(ソニー不動産)と相性の良さを実感している。
おうちダイレクトの挑戦について、不動産業界は居住用物件のCツーC市場の難しさを示す事例と捉えた。一方でおうちダイレクトは、投資用物件のCツーC市場の開拓を狙う他の企業にとって先駆者になっているとも言える。
興亡・不動産 -テックの衝動
【01】お金だけじゃない動機も…若年層が注目する新たな不動産投資のかたち
【02】開拓者に聞く クラウドファンディングだから実現できる本当の不動産投資市場
【03】ソニー不動産の挑戦が示したこと 業界に“メルカリ”は生まれないのか
【04】売り上げがたたない…不動産業界でテック企業が生き残るための必須条件
【05】ブロックチェーンが賃貸住宅をホテルに変える?
【06】“不動産テック1.0”の立役者が描く未来【井上高志ライフル社長インタビュー】
【07】不動産仲介大手が火花散らす、“ICT競争時代”に入った
【08】「ソサエティ5.0」実現へ、国土交通省は不動産業の情報化を加速する
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「不動産業は情報通信技術(ICT)導入の最後の巨大市場」-。IT企業から皮肉と期待を込めたこんな言葉が聞こえてくる。不動産業界は長らくICT導入の遅れが叫ばれたが、変革の兆しが見えている。不動産業界はICTによってどのような革新を遂げるのか、興亡の実像に迫る。