人の心を癒す「セラピーキャット」が医療・介護の現場で大活躍
<情報工場 「読学」のススメ#27>すべての猫は生粋のセラピスト!
**認知症、精神疾患を回復に向かわせる“セラピスト”ヒメ
猫を飼っている人にとっては常識かもしれないが、飼い猫が、たまに飼い主を見てゆっくりとまばたきをすることがある。筆者の自宅で暮らしている猫もよくやる。これは「親愛の情」を示すシグナルとされる。そのまばたきに応えて、人間の方も同じように猫を見てゆっくりまばたきをする。すると、こちらからの愛情も伝えられるそうだ。そんな非言語のコミュニケーションが人の心を癒してくれる。
ちなみに、猫がゴロゴロと喉を鳴らす音も、人間の癒しになることが科学的に証明されているそうだ。もともとは母猫が生まれたばかりの子猫に自分の存在を知らせるために鳴らすものだが、その低周波の振動が、人間の副交感神経を高めるのだという。副交感神経が高まり交感神経よりも優位に立つと、人はリラックスする。
そんな、いろいろな面で人間を癒してくれる猫が、実際に病院や施設などで患者さんの治療や高齢者の介護に役に立っているのをご存知だろうか。本書『すべての猫はセラピスト』(講談社)では、ノンフィクション作家である著者が、アニマルセラピー(動物介在療法)の現場で「セラピーキャット」として活躍する一匹の猫を紹介している。認知症患者や障害児、精神疾患を抱える人たちが、猫の存在によって少しでも回復に向かったり、心を開きかけたりする様子を描写。さらに、猫の心の中に何があるのかといった哲学的な考察にまで踏み込んでいる。
その猫の名は「ヒメ」。2007年生まれの雌猫で、真っ白な毛並みの美猫である。飼い主はアニマルセラピーの実践家で応用動物行動学者でもある小田切敬子さん。ヒメは、小田切さんのもとで働いていたセラピードッグのチャッピーと一緒に子猫の頃から介護・治療の現場に同行し、セラピーキャットとして育てられてきた。
動物と触れ合うことで治療やリラックスの効果を引き出すアニマルセラピーでは、犬が使われることがほとんどだ。あるいは馬を使って乗馬体験などが行われる。猫による実践例は現状では非常に少なく、キャットセラピー、セラピーキャットという名称もまだ一般的なものではない。犬とは違い気まぐれで、トレーニングやしつけが簡単ではない猫に、はたして「セラピスト」が務まるのだろうか?
ヒメがセラピーキャットとしてデビューしたのは茨城県龍ケ崎市にある牛尾病院の介護療養病棟。セラピーの対象は認知症の進んだ高齢者の方々だ。ヒメは怖がりで、セラピーには不向きとも思われていたが、現場に着くと自ら進んで高齢者の膝の上に乗った。
興味深いことにヒメは、病院の元気なスタッフが寄っていくとおびえるのだそうだ。小田切さんによると、ヒメには「セラピーを必要としている人」がわかるのだという。
認知症が進行し、ほとんど会話が成立せず、話しかけても反応しなかった人が、ヒメを膝に乗せると穏やかな表情になり、体を撫でながら「ヒメちゃん」「ヒーメ」と呼びかける。猫は何もしなくても、そこにいるだけでそれだけの効果がある。
猫は人間よりもはるかに聴覚が発達している。もちろん人の言葉の意味は理解できないが、声の調子や息づかいから喜怒哀楽が読み取れるのではないか、と著者は分析する。おそらく言葉の意味にとらわれないからこそ、ダイレクトに感情が伝わるということでもあるのだろう。表情や体を撫でられる触覚からも、人間から猫への愛情が伝わる。言葉によるコミュニケーション手段を失いかけているセラピーの対象者ならば、そうやって誰かに感情を伝えられるのは嬉しいことであるに違いない。
私たち人間は、意識しないまでも、日々さまざまな常識や約束事にしばられながら生活している。そうしたものがどうしても気になりすぎて、がんじがらめにしばられるような気持ちに苛まれると、精神を病んでしまう。そんな人が、アニマルセラピーの対象者になりやすい。
動物たちには、そんな常識や約束事はほとんど存在しない。きちんとトレーニングを受けた犬には約束事があるかもしれないが、猫はたいてい自由だ。だからこそ、「がんじがらめ」になったことで病んだ人たちを癒せる。
小田切さんも、「うつ病などの精神疾患の人たちは、何かをしなさいと言われるのが苦痛なので、猫が好きなようにやっているほうがリラックスできる」と指摘している。猫を自分に投影して「自分もあんなふうに生きたい」と憧れたり、「あんな生き方もあるんだ」と発見したりといったこともあるのだろう。
アニマルセラピーには「逆セラピー」という考え方もある。セラピーの対象者が、犬や猫の世話をすることが対象者の癒しにもなる、というものだ。動物から一方的に「癒される」のではなく「癒し、癒される」関係になる。こうした相互性が、両者の絆をより深め、豊かな感情の交流を生む。それが心を癒し、回復や治癒につながる。
健常者同士でも、コミュニケーションがうまくいかなかったり、感情的な行き違いからトラブルに発展することは珍しくない。そんな時には、セラピーキャットと対象者の交流を思い出してみてはどうだろうか。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)
『すべての猫はセラピスト』
-猫はなぜ人を癒やせるのか
眞並 恭介 著
講談社
192p 1,300円(税別)>
猫を飼っている人にとっては常識かもしれないが、飼い猫が、たまに飼い主を見てゆっくりとまばたきをすることがある。筆者の自宅で暮らしている猫もよくやる。これは「親愛の情」を示すシグナルとされる。そのまばたきに応えて、人間の方も同じように猫を見てゆっくりまばたきをする。すると、こちらからの愛情も伝えられるそうだ。そんな非言語のコミュニケーションが人の心を癒してくれる。
ちなみに、猫がゴロゴロと喉を鳴らす音も、人間の癒しになることが科学的に証明されているそうだ。もともとは母猫が生まれたばかりの子猫に自分の存在を知らせるために鳴らすものだが、その低周波の振動が、人間の副交感神経を高めるのだという。副交感神経が高まり交感神経よりも優位に立つと、人はリラックスする。
そんな、いろいろな面で人間を癒してくれる猫が、実際に病院や施設などで患者さんの治療や高齢者の介護に役に立っているのをご存知だろうか。本書『すべての猫はセラピスト』(講談社)では、ノンフィクション作家である著者が、アニマルセラピー(動物介在療法)の現場で「セラピーキャット」として活躍する一匹の猫を紹介している。認知症患者や障害児、精神疾患を抱える人たちが、猫の存在によって少しでも回復に向かったり、心を開きかけたりする様子を描写。さらに、猫の心の中に何があるのかといった哲学的な考察にまで踏み込んでいる。
その猫の名は「ヒメ」。2007年生まれの雌猫で、真っ白な毛並みの美猫である。飼い主はアニマルセラピーの実践家で応用動物行動学者でもある小田切敬子さん。ヒメは、小田切さんのもとで働いていたセラピードッグのチャッピーと一緒に子猫の頃から介護・治療の現場に同行し、セラピーキャットとして育てられてきた。
動物と触れ合うことで治療やリラックスの効果を引き出すアニマルセラピーでは、犬が使われることがほとんどだ。あるいは馬を使って乗馬体験などが行われる。猫による実践例は現状では非常に少なく、キャットセラピー、セラピーキャットという名称もまだ一般的なものではない。犬とは違い気まぐれで、トレーニングやしつけが簡単ではない猫に、はたして「セラピスト」が務まるのだろうか?
言葉が通じないからこそダイレクトに感情が伝わる
ヒメがセラピーキャットとしてデビューしたのは茨城県龍ケ崎市にある牛尾病院の介護療養病棟。セラピーの対象は認知症の進んだ高齢者の方々だ。ヒメは怖がりで、セラピーには不向きとも思われていたが、現場に着くと自ら進んで高齢者の膝の上に乗った。
興味深いことにヒメは、病院の元気なスタッフが寄っていくとおびえるのだそうだ。小田切さんによると、ヒメには「セラピーを必要としている人」がわかるのだという。
認知症が進行し、ほとんど会話が成立せず、話しかけても反応しなかった人が、ヒメを膝に乗せると穏やかな表情になり、体を撫でながら「ヒメちゃん」「ヒーメ」と呼びかける。猫は何もしなくても、そこにいるだけでそれだけの効果がある。
猫は人間よりもはるかに聴覚が発達している。もちろん人の言葉の意味は理解できないが、声の調子や息づかいから喜怒哀楽が読み取れるのではないか、と著者は分析する。おそらく言葉の意味にとらわれないからこそ、ダイレクトに感情が伝わるということでもあるのだろう。表情や体を撫でられる触覚からも、人間から猫への愛情が伝わる。言葉によるコミュニケーション手段を失いかけているセラピーの対象者ならば、そうやって誰かに感情を伝えられるのは嬉しいことであるに違いない。
私たち人間は、意識しないまでも、日々さまざまな常識や約束事にしばられながら生活している。そうしたものがどうしても気になりすぎて、がんじがらめにしばられるような気持ちに苛まれると、精神を病んでしまう。そんな人が、アニマルセラピーの対象者になりやすい。
動物たちには、そんな常識や約束事はほとんど存在しない。きちんとトレーニングを受けた犬には約束事があるかもしれないが、猫はたいてい自由だ。だからこそ、「がんじがらめ」になったことで病んだ人たちを癒せる。
小田切さんも、「うつ病などの精神疾患の人たちは、何かをしなさいと言われるのが苦痛なので、猫が好きなようにやっているほうがリラックスできる」と指摘している。猫を自分に投影して「自分もあんなふうに生きたい」と憧れたり、「あんな生き方もあるんだ」と発見したりといったこともあるのだろう。
アニマルセラピーには「逆セラピー」という考え方もある。セラピーの対象者が、犬や猫の世話をすることが対象者の癒しにもなる、というものだ。動物から一方的に「癒される」のではなく「癒し、癒される」関係になる。こうした相互性が、両者の絆をより深め、豊かな感情の交流を生む。それが心を癒し、回復や治癒につながる。
健常者同士でも、コミュニケーションがうまくいかなかったり、感情的な行き違いからトラブルに発展することは珍しくない。そんな時には、セラピーキャットと対象者の交流を思い出してみてはどうだろうか。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)
-猫はなぜ人を癒やせるのか
眞並 恭介 著
講談社
192p 1,300円(税別)>
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