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鉄鋼製品の流通業者間で相次ぐM&A、その背景事情と相乗効果

鉄鋼製品の流通業者間で相次ぐM&A、その背景事情と相乗効果

阪和興業がグループ会社に迎え入れた田中鉄鋼販売

鉄鋼製品の流通業者の間でM&A(合併・買収)が相次いでいる。経営者の跡継ぎがいないため他社に協力を仰ぐ事業承継を目的とした事例が多い。買収した側にとっても、これまで外注していた業務を社内で完結できるなど統合による効果も出てきている。後継者不在や商圏拡大といった経営課題の解決から、今後も事業承継型のM&Aが増えるとみられ、鉄鋼流通業界にとって大きなトレンドになる可能性がある。(山田諒)

社名・仕入れ先変えず社員は好待遇

鉄鋼や鉄鋼原料の販売、輸出入などを手がける阪和興業は、角パイプやH形鋼、一般形鋼などを取り扱う田中鉄鋼販売(埼玉県羽生市)を、2022年にグループ会社に迎え入れた。

阪和興業は田中鉄鋼販売の主要取引先の一つであり、田中側から事業承継について、阪和へ相談。阪和としても田中の事業に興味を持っていたため、M&Aが成立した。M&Aに携わった担当者は「田中は創業者を中心とする強いリーダーシップで発展してきた企業。創業者が亡くなり、相談が持ちかけられた」と振り返る。

阪和は田中の社名、社員、設備の全てを引き継いだ。「仲間になってもらうのが阪和のスタンス。社名も仕入れ先も変えず、従業員の待遇を上げるのが基本戦略だ」と話す。人員面では、阪和で財務畑を歩んだ人が田中へ出向している以外は、独自性を保っている。

田中は、M&Aと同時期に阪和が設立した阪和ダイサン(東京都中央区)との相乗効果で、阪和が進める東日本エリアでの「即納・小口・加工(そこか)」事業の強化を担う。ユーザーからの注文に対しては、デリバリーや加工面で田中と阪和ダイサンが互いに協力し合うなど、シナジーも出ている。

東成GTEXが加工を得意としている第一種圧力容器

東成鋼管(東京都中央区、岡部耕喜社長)も、22年に溶接加工の得意なエヌ・ワイ産業(長野市)を、23年にボイラや圧力容器の加工が得意な藤澤鐵工所(現・東成GTEX、岐阜県各務原市)を相次いで子会社化した。

エヌ・ワイ、藤澤とも事業承継先を探していた。東成側も業務拡大や事業基盤の強化が図れると判断し迎え入れた。岡部社長は「鋼管のことなら、材料からいろんなサイズの製品までグループ内で対応できる」とし、さらなるシナジー発揮を目指す。

人材確保・内製化、課題解決の手段 ブランド力まで引き継ぐ

大川芝浦シヤリング社長(左)と、藤岡粂田鋼材社長(中央)ら

厚板加工などを展開する芝浦シヤリング(東京都港区、大川伸幸社長)は、粂田鋼材(同、藤岡孝利社長)の全株式を譲り受ける契約を4月30日に結んだ。

両社の間には、主要取引先である日本製鉄と日鉄物産が関わっている。2代目の社長だった粂田晋一朗氏と3代目社長の桑名克弥氏が1年のうちに相次いで死去。生前に晋一朗氏が相談していた日鉄物産が日鉄と協議して、芝浦シヤリングに打診し、グループ化が決まった。藤岡社長は「代替わりしてバタバタしていたが、グループ入りが決まって安心した」と振り返る。

粂田鋼材は極厚板の加工を得意とする。同社の厚板溶断事業、社名や社長、設備、従業員を引き継いだ。芝浦シヤリングの大川社長は「社名には晋一朗氏の思いが残っている。その上、お客さまにもブランド力が浸透しているため、変更しなかった」と語る。

シナジーについて、大川社長は「これまで極厚板の注文をもらうと、加工を外注していた。今回の承継で、そういう注文もグループ内で完結できる」としている。

UBS証券の五老晴信エグゼクティブディレクターは「労働力不足や雇用維持、技術・技能承継、商圏拡大といった課題の解決手段として、M&Aはより活発になっていくだろう」と分析する。

付加価値で存在感 社長続投、成功の秘けつ

鉄鋼流通業界におけるM&Aの大きな目的

事業承継型のM&Aは、譲渡する側とされる側双方が大きな目的を持っている。譲渡をする企業は、5―10年後の自社の姿について考え、事業承継に取り組む。一方、譲受する企業は自社の弱かった部分を、M&Aによって補い、シナジーが発揮できることを視野に入れている。

鉄鋼流通業界においてはM&Aで加工業をグループに組み入れることで商材と販路の両面で効果を生み出すことを、譲受側は主な目的にする。日本M&Aセンターの久力創上席執行役員は「単なる流通業ではなく、付加価値や価格交渉力を付けて自分たちの存在価値も高めるためにM&Aをするという譲受側の理由は明確になっている」と認識する。阪和興業、東成鋼管、芝浦シヤリングも、それが目的の一つにある。

M&Aで最も苦労するのは相手探しだ。うまくシナジーを出すことを考えると、相手を見つけるのは容易ではない。そんな場面において、久力上席執行役員は「M&A後も社長が続投するスタンスの会社が、相手を見つけやすい」という。譲受側が社長を送り込んでゼロから関係構築をするよりも、業務継続が円滑に進むためだ。

12年4月以降、日本M&Aセンターが関わった鉄鋼業におけるM&Aの成約数は60件。同センターでは今後も事業承継や商圏拡大などを目的としたM&Aは増えるとみている。

企業庁が指針、成約増える

日本M&AセンターのM&A成約件数

事業承継型のM&Aは増えつつある。日本M&Aセンターによると、業種を問わないM&A成約件数は、23年度で前年度比9・1%増の1146件だった。16年度以降、年を追うごとにその件数は増加している。

成約件数のうち、およそ半分は事業承継を目的としたものだという。中小企業庁は15年に、M&Aの手続きや手続きごとの利用者の役割・留意点などをまとめた「事業引継ぎガイドライン」を策定。20年に、M&Aを通じた第三者への事業の引き継ぎを促すため、「中小M&Aガイドライン」に改訂した。「件数が増えた要因は複合的だが、ガイドライン策定もその一つと言える」(日本M&Aセンター担当者)。

久力上席執行役員によると「鉄鋼流通業界も、他の業界と変わらずに事業承継型M&Aの成約件数は増えており、相談も増加している印象だ」としている。

日刊工業新聞 2024年08月26日

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