三井・三菱・伊藤忠・丸紅…大手商社が水素・アンモニア供給拠点、脱炭素へ先行構築
商社が国内各地で水素・アンモニアの供給拠点の構築に乗り出している。産業集積地の近郊に輸入基地や生産施設を整備し、燃焼しても二酸化炭素(CO2)を排出しない水素・アンモニアを発電や熱源向けなどに供給する計画。課題となる割高な供給コストをめぐっては政府が15年間で3兆円を支援する方針を示し、今夏にも公募が始まる見通し。次代の産業競争力を左右する脱炭素サプライチェーン(供給網)の構築に向けて、地域一帯の拠点開発が活発化する。(編集委員・田中明夫)
商社各社は北海道から九州まで各地で、水素・アンモニアを利用する電力会社や化学品メーカーなどと共同で供給拠点構築の検討を推し進めている。調達・生産から貯蔵・出荷に及ぶ工程の効率性や需要家との一体性を追求しつつ、各プロジェクトはそれぞれ2030年ごろまでの供給開始を目指している。
アンモニアはCO2排出を抑えて生産した海外品を調達して原燃料に活用するほか、輸入後に熱分解して水素を取り出す技術「クラッキング」の採用も計画。エネルギー密度が低く遠距離輸送に不向きな水素は、国内の再生可能エネルギーを使った水の電気分解で生産する構想もある。
目先は政府が今夏にも募集を始める支援制度に関心が集まる。水素供給コストは現在1ノルマル立方メートル当たり100円程度とされ、23年時点の液化天然ガス(LNG)価格の換算値に比べ4倍高い。
政府はGX(グリーン・トランスフォーメーション)経済移行債を使って、既存燃料との価格差を埋める「値差支援」に15年間で3兆円を充てる方針だ。技術革新などを通じ政府は水素供給コストを50年にかけて同20円まで引き下げる計画だが、当面は割高な状況が続く見通しで政府支援の獲得は供給網の構築でカギとなる。
日本が1969年に世界で初めて開始したとされる発電向けLNG輸入は、低炭素燃料の重要な調達手段となり日本の経済成長を支えたほか、世界にも普及した。次は水素・アンモニアの脱炭素供給網の先行構築に向けて、商社の事業創出力と官民の連携力が試される。
【三井物産】大阪・福島・北海道苫小牧 上流開発に強み、用途拡充にらむ
三井物産は大阪の臨海工業地帯や福島県相馬地区、北海道苫小牧地域において、エネルギーや化学品関連の企業と共同で供給網の構築を検討。三井物産が海外からのアンモニア調達などを担い、IHIが各拠点で貯蔵・輸送設備などの整備に取り組む。大阪では関西電力や三井化学、相馬地区では三菱ガス化学、苫小牧地域では北海道電力など、各地の需要家も参画する。
三井物産は化学品原料などに使うアンモニア輸入の最大手で、マーケティングや輸送の実績が豊富。さらにアラブ首長国連邦(UAE)では30年までにCO2の回収・貯留(CCS)を組み合わせたクリーンアンモニア製造の開始を予定する。
国内各地で供給拠点を構築できれば「発電や産業の原燃料、アンモニアの水素転換などへと用途を広げてバリューチェーンを拡充できる」(三井物産の松井透専務執行役員)とみる。アンモニアの上流開発を含む供給力を強みに拠点整備を推進する。
【三菱商事】北海道苫小牧 半導体振興とCO2減両立
三菱商事は高砂熱学工業や北海道電力など合計4社間で、北海道の千歳エリアにおける再生可能エネルギーを使ったグリーン水素の生産・供給を検討する協定を締結。ラピダス(東京都千代田区)が同エリアで建設予定の半導体製造ライン向けのガス供給のほか、周辺工業団地での熱源利用やアンモニア・メタノールなどの原料への活用を想定する。
30年までに年間約3000トンの水素供給を目指す。三菱商事は23年に千歳市とカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)に向けた街づくりの連携協定を結んでおり、産業振興とCO2削減の両立による地域創生も後押しする。
また三菱商事は四国電力などと共同で、波方ターミナル(愛媛県今治市)で30年までに年間約100万トンのアンモニアを取り扱うことも目指す。瀬戸内地域で発電燃料や工場の熱源など向けに供給。三菱商事が米ルイジアナ州で開発中のクリーンアンモニアなどを調達するほか、波方ターミナルの既存の液化石油ガス(LPG)タンクを有効活用する。
【伊藤忠】北九州響灘 海外調達・国産で復元力
伊藤忠商事は北九州市の響灘臨海エリアで水素・アンモニアの供給網構築を検討する。海外からのアンモニア調達を伊藤忠や九州電力が担うほか、再生エネ導入が盛んな北九州地区の特性を生かしENEOSなどがグリーン水素製造を推進。日本コークス工業がクラッキングやコークス炉への廃プラスチック投入によるクリーン水素製造などを計画する。
30年度までに水素換算で年間約9万トンの水素・アンモニアの製造開始を目指す。伊藤忠の楠田翔カーボンニュートラル推進室長代行は「海外調達と国内生産の両方の取り組みによりレジリエンス(復元力)のある体制を構築できる」と語る。
水素・アンモニアの貯蔵や出荷では、日本コークス工業が「コークス生産の副産物であるアンモニアを化学原料向けに供給してきたノウハウを強みにできる」(日本コークス工業の森俊一郎常務取締役)とする。鉄鋼や化学産業などが集積する響灘臨海エリアで工場の熱源に使うほか、九州電力や日本製鉄が計画する化石資源との混焼発電向けの燃料として供給を計画する。
【丸紅】北海道苫小牧 海路要衝で広範アクセス
丸紅は北海道電力や北海道三井化学、三井物産などと共同で、北海道苫小牧地域においてアンモニア供給拠点整備の事業性調査を推進。北日本の海路の要衝として日本海・太平洋側双方にアクセスしやすい立地を生かしながら、発電燃料や熱源、化学品、クラッキング向けのアンモニア供給などを想定する。
丸紅は、同社がカナダ西部アルバータ州で30年までに生産開始を予定するブルーアンモニア事業などからの調達を担う計画。同事業では天然ガスを原料に年間約100万トンのアンモニア生産を予定し、生産過程の排出CO2はCCUS(CO2の回収・利用・貯留)により削減する。
アンモニアは化学品原料として長く使われてきたため輸送技術は確立しているが、国内では貯蔵スペースの確保が課題となる。苫小牧地域は「広大な用地があり、貯蔵タンクを増設しやすい」(丸紅の横田善明専務執行役員エナジー・インフラソリューショングループCEO)とし、将来の需要増加への対応力も強みに拠点整備を目指す。