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「iPS細胞医薬品」世界を先駆ける…阪大ベンチャー、「心筋シート」来年にも実用化

「iPS細胞医薬品」世界を先駆ける…阪大ベンチャー、「心筋シート」来年にも実用化

世界初のiPS細胞由来心筋細胞シートの移植で、3枚の心筋シートが心臓の上に載せられた(20年1月20日、阪大提供)

iPS細胞(人工多能性幹細胞)由来の医薬品が医療現場で使われる日が近づいている。大阪大学発ベンチャーのクオリプスと製薬大手の住友ファーマは、それぞれ2024年に製造販売の承認を厚生労働省に申請する。順当に承認されれば、25年にも実用化する見通しだ。京都大学の山中伸弥教授がヒトiPS細胞の作製に成功してから17年。iPS細胞を生み出した日本がその医薬品の実用化でも世界を先駆ける。(大阪・村田光矢、飯田真美子)

「心筋シート」新たな選択肢

クオリプスが24年内に承認申請するのはヒトiPS細胞から作製した「心筋細胞シート」。申請後、順当にいけば早期承認制度の「条件及び期限付き承認」を申請から9―12カ月程度で取得できる見通しだ。

この心筋シートは心筋梗塞や狭心症など血液が心臓の筋肉に十分行き渡らなくなる虚血性心疾患の患者の治療に使う。他人のiPS細胞から作製した心筋細胞をシート状に加工し、心臓に直接貼り付ける。心機能の改善や心不全状態からの回復といった治療効果が期待できる。

同社の最高技術責任者を務める阪大の澤芳樹特任教授が研究開発を進めてきた。澤特任教授らは20年1月―23年3月、虚血性心疾患の患者計8人に心筋シートを移植する医師主導の臨床試験(治験)を実施。23年5月の記者会見でいずれも経過が良好と報告した。

心臓移植や補助人工心臓を装着する段階まで悪化していない患者に心筋シートという選択肢が生まれる。心臓移植や人工心臓が不要になれば患者の負担は大幅に減る。草薙尊之社長は「当社の製品は手術が50分ぐらいで済む」と付け加える。

住友ファーマはパーキンソン治療

住友ファーマはパーキンソン病の治療に使うiPS細胞由来の細胞について、国内で24年度上期中の承認申請の完了を目指す。京大の高橋淳iPS細胞研究所長らの医師主導治験に協力しており、治験データをもとに申請する。クオリプスと同じ早期承認制度での承認を想定、24年度内の実用化が目標だ。

ヒトiPS細胞から多種多様な医薬品ができる(ヒトiPS細胞の集合体、京大の山中教授提供)

同社はヘリオスと共同で、目の網膜色素上皮細胞層が部分的に欠損した患者に、他人のiPS細胞から作製した同細胞を移植する企業治験も23年6月に国内で始めており、28年度の実用化を目指す。

血小板、大量に安定供給

メガカリオン(京都市下京区)は、京大の江藤浩之教授らが開発した技術の臨床応用を目指し11年に設立。ヒトiPS細胞から血小板のもとになる巨核球(きょかくきゅう)を大量につくって凍結保存し、必要に応じ解凍して血小板を大量に安定供給する技術の開発にめどをつけている。

成熟したiPS細胞由来巨核球の光学顕微鏡像(メガカリオン提供)

22年4月、他人のiPS細胞からつくった血小板製剤を血小板が足りず出血が止まりにくくなる血小板減少症の患者1人に投与する企業治験を実施。安全性に問題なく、輸血したiPS細胞由来の血小板が患者の血液中で循環し、血小板全体の数が増えたのを確認した。赤松健一社長は「血小板製剤が『ものになる』と証明できたのは大きい」と説明する。

治験では23年までに計10人に投与する計画だったが、2人目以降ができずに中断した。現在は、患者の白血球の血液型(HLA=ヒト白血球抗原)に関係なく投与でき、常温での保存期間を従来の4日から10日に延ばせるヒトiPS細胞由来の血小板製剤を開発中。新しい血小板製剤であらためて治験を実施し、30年度の製造販売の承認を目指す。

慶応義塾大学発ベンチャーのケイファーマは中枢神経疾患を重点領域に再生医療とiPS創薬の二刀流の成長戦略を描く。再生医療では同社の最高科学責任者を務める慶大の岡野栄之教授、最高技術責任者の中村雅也教授らが他人のiPS細胞からつくった神経のもとになる神経幹細胞を脊髄を損傷して日の浅い亜急性期脊髄損傷の患者に移植する臨床研究を実施中。同社は慶大と連携し企業治験に向けた準備を進める。

阪大発ベンチャーのレイメイ(大阪市北区)は、角膜上皮幹細胞疲弊症と呼ばれる目の疾患の患者を対象にヒトiPS細胞由来の角膜の細胞を移植する企業治験を準備。27年度中の承認申請を目指す。

日本、研究機関が主導 基礎→臨床、製薬と連携

iPS細胞を使った医薬品は国内外で研究開発が進む。コンサルティング会社、アーサー・ディ・リトル・ジャパン(東京都港区)の花村遼パートナーによると、iPS細胞を治療で活用するiPS細胞由来の開発製品のうち治験段階まで進む製品数を国・地域別で比べると日本、米国の順に多い。

地域別のiPS細胞由来の開発製品数(24年2月時点)

日本は細胞移植の分野、米国はがんを中心とした遺伝子改変免疫細胞療法の分野が多いのが特徴だ。花村パートナーは「米国は市場性の大きなところを優先してやっている。日本はアカデミア(大学や研究機関)主導で再生医療を引っ張ってきた。基礎研究から出発しており、全然考え方が違う」と分析する。

国立成育医療研究センター研究所の梅澤明弘所長も日本のiPS細胞を用いた治験の特徴を「国を中心にしたプロジェクト。主要な研究機関と製薬企業が連携し、治療法の開発に取り組んでいる。この協力体制が基礎研究から臨床応用への迅速な移行を可能にしている」と指摘する。

国は13―22年度の10年間、iPS細胞をはじめとする再生医療研究に1100億円の支援をしてきた。その後も後継の支援プログラムを進めている。

京大iPS細胞研究財団は専用施設で製造し、各種試験を済ませた臨床用iPS細胞を再生医療の研究開発を進める国内外の企業や研究機関に低価格で提供する。花谷忠昭業務執行理事は「(同財団の)臨床用iPS細胞を使った臨床研究や治験はこれまで日本で13件、米国で1件。研究者やベンチャー企業が臨床用iPS細胞を手にするのはハードルが高い。財団はアカデミアから産業界への橋渡しをしている。大きなニーズがある」と説明する。

適正薬価、受け入れ課題

「再生医療等製品」を対象に14年導入された「条件及び期限付き承認制度」も強い後押しだ。有効性が推定され、安全性が認められた製品の販売を条件や期限を設けて早期に承認する仕組み。「販売しながら症例を増やし、本承認を目指す。われわれベンチャーに非常にありがたい制度」とクオリプスの草薙社長は実感を込める。

iPS細胞の研究開発の拠点である京大iPS細胞研究所の研究棟(同研究所提供)

実用化に際し、治療効果に見合った適正な薬価となるか、医療機関の受け入れ体制をいかに築くかなどが課題になる。京大の高橋iPS細胞研究所長は「(薬価が)あまり高すぎると日本の医療制度の中にはまってこない」とし、民間企業の保険の活用が検討されていると説明する。受け入れ体制では、日本再生医療学会が再生医療を提供する施設の認定制度を立ち上げた。7月に申請を受け付ける。

日刊工業新聞 2024年6月26日

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