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バイオエタノール商用化、製紙各社がSAFで攻勢

バイオエタノール商用化、製紙各社がSAFで攻勢

王子HDが東京都江戸川区の施設内に設置するベンチプラント。木材からSAF用のエタノールなどを製造する。

脱炭素へ木材・古紙活用

製紙各社が持続可能な航空燃料(SAF)向けバイオエタノールの商用化に向けて攻勢をかける。紙の製造設備を最大活用し、木材や古紙パルプから糖液を作り、エタノールを生産するのが基本戦略だ。政府は2030年に国内ジェット燃料使用量の10%をSAFに置き換える目標を掲げる。紙の需要が減少する中、国内でSAFの原料を安定供給する体制を築き脱炭素の達成に貢献するとともに、パルプの用途を広げ新たな収益源に育てることを目指す。(下氏香菜子)

国内で安定供給体制 品質・コストで競争力

東京都江戸川区にある王子ホールディングス(HD)の研究施設。施設内の一角に置かれた設備がSAF向けバイオエタノール製造のベンチプラントだ。

王子HDは紙の製造で使う木材パルプからのSAF向けエタノール生産を計画する。他社に先駆け08年から実証事業を開始し、ベンチプラントで生産や品質など基本技術の確立にめどをつけた。

現在、王子製紙米子工場(鳥取県米子市)内に約43億円を投じて大型の実証プラントを建設中で、24年末から順次稼働を始める。エタノールの年間生産能力は1000キロリットル。実証プラントで生産上の課題などを洗い出し、量産への道筋を付ける。30年度に年産10万キロリットルを目指す。

王子HDは木材パルプを糖化するのに欠かせない酵素を高効率に回収する独自技術を持つ。パルプに酵素を加えて糖化させた後、糖と酵素を分離し、酵素のみを回収する仕組みだ。酵素はパルプの糖化に再利用することが可能で「酵素の新規調達量を減らし、製品ライフサイクル全体で発生する二酸化炭素(CO2)や製造コストを減らす効果が期待できる」(イノベーション推進本部バイオケミカル研究センターの野口裕一上級研究員)という。

一方、レンゴーは子会社の大興製紙(静岡県富士市)の拠点で27年度からSAF用バイオエタノールを年間2万キロリットル生産する計画を掲げる。原料に建築工事や製材所などから発生する廃木材を活用するのが特徴。約200億円を投じ、既存のパルプ蒸解設備をベースにエタノールパルプの製造ラインを増設し、糖化・発酵・蒸留の各設備を追加する。独自の調達ルートを築き、すでに2万キロリットル分の廃木材を安定確保できる体制を整えた。

2030年までのSAFの利用料・供給量の見直し

3月にはエタノールの研究開発で業務提携していたBiomaterial in Tokyo(bits、福岡県大野城市)を子会社化した。同社は廃木材で糖液をつくるのに適した酵素の開発・製造ノウハウを持つ。レンゴーはbitsの技術を用いて酵素を内製し、品質・コストの両面でエタノールの競争力を高める戦略を描く。

レンゴーの前田保執行役員は「我々の原料の条件に合った最も効率の良い酵素を、外部から調達せず自社で安価につくることができる」とbitsを傘下に収めたことによる効果を説明する。

これに対し、日本製紙住友商事、バイオ分野に知見を持つグリーンアースインスティテュート(GEI)と連携し、国産木材を原料にしたSAF用バイオエタノールを27年度をめどに年数万キロリットル規模で生産する計画だ。国産木材は日本製紙が持つ全国の社有林から調達する。紙の供給に加え「100%国産材由来のエタノールなどバイオリファイナリー製品を提供することで、国内の森林資源の利用拡大と循環の加速に貢献したい」(後藤至誠バイオマスマテリアル事業推進本部事業転換推進室室長)考え。このほか大王製紙もGEIと組んで古紙パルプからSAF用エタノールや微生物を活用したアミノ酸、バイオプラスチック原料の生産を目指している。

有力な非可食資源 紙需要減、新収益源に

製紙各社がSAF用エタノールの製造に注力する背景の一つに脱炭素への貢献がある。SAFは廃油や植物由来のエタノールを原料に用いており、既存の航空燃料より二酸化炭素(CO2)の排出量を8割程度削減できるとされる。政府は30年に国内のジェット燃料使用量の10%に相当する約171万キロリットルをSAFに置換する目標を掲げる。

SAFの原料・技術の類型

一方、SAFは現在、トウモロコシやサトウキビなど可食由来のエタノールを使うのが主流で、食料用途との競合が懸念されている。このため食料と競合せず、環境負荷の低い非可食資源の活用が期待されている。その有力な資源の一つが木材や古紙となる。

各社は既に紙の製造で木材チップや古紙を安定調達する体制を築いているほか、パルプの製造設備を持っていることから、国内の既存リソースをフル活用してエタノールを生産できる強みがある。脱炭素に向けSAF原料を国内で安定確保したい航空会社や石油元売りの需要に対応できる素地がある。

もう一つが人口減少やデジタル化の進展に伴う紙の市場縮小への対応で、日本製紙連合会がまとめた3月の紙・板紙国内出荷量(速報)は前年同月比8・9%減の175万1000トンとなり19カ月連続で減った。今後も大幅な需要増は見込めないのが現状だ。

紙の需要が先細りする中、各社は紙の製造を主軸にした事業構造の見直しを迫られており、SAF用エタノールといったバイオものづくりの推進は製紙用チップの用途代替につながり、紙の需要減を補う新たな収益源になる可能性を秘める。

各社はSAF用エタノールと並行し、パルプを原料にした他の化学品の製造も視野に入れる。脱炭素を成長ドライバーに、紙に加えて化学品を製造する体制を構築。持続的な企業価値向上を目指す。

日刊工業新聞 2024年5月2日

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