「持続可能な航空燃料」補完、ANAが始める「カーボンオフセット運航」の仕組み
航空業界が脱炭素を急ぐ中、全日本空輸(ANA)など3社は1日、新たな仕組みで二酸化炭素(CO2)排出量を実質ゼロにしたジェット燃料による「カーボンオフセット運航」を開始した。出光興産とINPEXがCO2排出削減量取引によって排出量を相殺した化石燃料をANAが購入して一部路線で1カ月使う。航空業界の国際団体が推奨する持続可能な航空燃料(SAF)は生産量が極めて少ない。今回の運航を通じ、SAFを補完する手段として“オフセット燃料”を世に問う。(梶原洵子)
1日、羽田空港(東京都大田区)でカーボンオフセット燃料を積んで広島空港へ向かうNH677便を前に、ANA調達部の村主典陽担当部長は「サプライチェーン(供給網)の上流下流が一致団結して実現できた」と語った。地下タンクから汲み出した燃料を給油した機体はゴォーッと大きなエンジン音を響かせ離陸した。新たな一歩だ。
INPEXの四ノ宮朋弥原油営業ユニットジェネラルマネージャーや出光興産の渡辺一彦販売部次長も駆け付け、期待に満ちた顔で同便を見送った。
実証実験は、1―31日に広島空港を発着する全682便を対象に行う。5月に広島県で開催される先進7カ国首脳会議(G7サミット)に合わせ同空港を実証の場に選んだ。使用する燃料は3000トン強で、出光とINPEXはCO2約1万トン分の排出削減量を排出削減量の取引(カーボンクレジット)で調達する。
同燃料は、INPEXがアラブ首長国連邦で生産する自社権益マーバン原油を出荷し、出光興産が原油を調達して精製したもので、性質などは通常のジェット燃料と同じだ。
さまざまな業界において、クレジット調達によるCO2排出削減は、そこまで珍しくはない。だが、航空業界のCO2排出削減の基盤となっている国際民間航空機関(ICAO)が定めた「国際民間航空のためのカーボンオフセットおよび削減スキーム(コルシアスキーム)」では、航空会社自身が排出量を削減することが基本。第三者によってオフセット済みの燃料を使うことは「議論の対象になっていない」(村主担当部長)。
だが、廃食用油や油脂から作られるSAFは世界のジェット燃料使用量の0・03%しかなく、価格は従来燃料の3―10倍と高価だ。出光興産販売部営業二課の掛上瑛生氏は「今後、SAFでまかないきれない分が出てくる」とみる。クレジットの利用は航空業界のCO2排出を減らせないが、他社の取り組みを支援し、間接的に社会の脱炭素化に貢献する。何より今から始められることが大きい。
INPEX営業本部LPG営業グループの松崎潤也マネージャーは調達するクレジットについて、「コルシアスキームで適格認証を受けたものを調達する」と説明。第三者の意見を踏まえ信頼できるところから調達した。ANAの村主担当部長は「自らクレジットを調達する航空会社もあるが、素人の我々よりノウハウを持つ両社の力を借りた」と話す。
今回、コルシアスキームの対象ではない国内線の運航で実施し、まず世の中に問う。「クレジットの利用は賛否があると思う。評価されるか、批判されるか。ご意見をいただきたい」(ANAの村主担当部長)とする。今後、国土交通省を通じICAOにも提案したい考えだ。また、出光興産やINPEXはニーズを調査し、必要に応じオフセット商品の品ぞろえを強化する。
SAFの重要性 CO2を80%削減!
現在、コルシアスキームがCO2排出削減の手法として認めるのは、省燃費機体の導入や運航方式の改善、代替燃料であるSAFの利用、航空会社によるクレジットの調達だ。SAFはライフサイクル全体でCO2排出量を従来燃料より約80%削減でき、「ぜひ使いたい」(ANAの村主担当部長)という。
日本航空(JAL)とANAは30年に燃料の10%をSAFに置き換える方針で、50年のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)実現もSAFが中核だ。両社のリポートによると、50年に日本で必要なSAFの量は約2300万キロリットルにのぼる。
では、SAFはどのように作られるのか。世界大手のネステ(フィンランド)では、食肉加工場から排出された動物性油脂や飲食店から排出された使用済みの調理油などを回収して前処理し、フィンランドやシンガポールなどの拠点に集める。ここで独自のNEXBTL技術を使い、材料に水素を加えて脂肪酸から酸素を除去し、SAFとなる炭化水素を製造している。
ネステはこれをSAFのほか化学品原料(バイオマスナフサ)、ディーゼル車用代替燃料の3分野に供給しており、「供給分野の間で取り合いになっている」(ネステ幹部)。このため日本は海外調達の拡大に加え、SAFの国産化が急務だ。
日揮ホールディングス(HD)などが22年3月に設立した国産SAFの普及を目指す有志団体「アクトフォースカイ」のホームページでは、SAF供給網の主体を担う企業19社に加え、供給網構築に必要な企業として小田急電鉄や日清食品ホールディングス(HD)など7社が紹介されている(1日時点)。日清食品HDはSAFについて、航空業界の脱炭素化と同時に廃食用油の再資源化につながると期待する。
新市場を立ち上げる際、作る技術や作り手が注目されがちだが、SAFなどの再生材料の場合は原料調達が非常に重要だ。例えば、ネステはオランダでファストフードのマクドナルド店舗で使われた調理油からディーゼル代替燃料を生産し、マクドナルドが提携する物流会社に供給している。こうした仕組みは日本にも必要になる。
23年のゴールデンウイークはANAのカーボンオフセット運航だけでなく、中部国際空港ではSAFと既存燃料の混合燃料の供給も始まっている。次に乗る航空機にはどんな燃料が使われるのか。ポストコロナの生活で空の移動が再び増えた今こそ、思いを巡らせる必要がある。行動次第で、いつかは家で食べた揚げ物の油で空を飛べそうだ。