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芝浦工大、筑波大…理工系強化の”推し”事例、5大学の特徴

芝浦工大、筑波大…理工系強化の”推し”事例、5大学の特徴

京都光華女子大は女子教育の観点から、女子中高生の理科教育を手がけてきた

文部科学省が旗を振るデジタル・グリーン分野の理工系教育強化で、これまでにない動きが広がっている。地方・中小規模・文系の私立大学や女子大学での理系初挑戦の具体的な計画が出ている。私立理工系大学や大学院中心の国立大学は、少子化の中でも定員増を仕掛けられるとみて積極的だ。教育・経営改革の手だてを組み合わせて質量の充実を図る、五つの大学の事例を見ていく。(編集委員・山本佳世子)

文科省、転換へ大盤振る舞い

理工系強化の施策「大学・高専機能強化支援事業」は、文科省の基金造成によるもので大学改革支援・学位授与機構が実施。2023年度が採択の初年度だった。2種類の支援があり、支援1は公私立大学が学部再編などで理工農系へ転換するのを促すもの。そのため「まだ学内検討中」で、実現可能性が低い案件もOKという大盤振る舞いだ。支援2は国公私立大・高等専門学校すべてにおける、情報の高度専門人材育成を支援する。

夏に採択された支援1の67件、支援2の51件とも、近年の環境変化や教育改革手法を踏まえて取り組む大学の案件で、評価が高かった。政府が重視する私立文系大学の“転身”は理工系ノウハウがない中で、争奪戦となりつつある教員や、研究の施設・設備などの教育資源を、どのように確保するかがポイントの一つといえる。

共愛学園前橋国際大 デジタル・グリーン学部を新設

地方大学における改革の先進性で名を知られる共愛学園前橋国際大学。現在は国際社会学部のみだが26年度にデジタル・グリーン学部を新設する計画で、地元のフードテック産業をリードする人材育成を掲げる。

ここで導入するのが、文科省の大学設置基準改正で新設された基幹教員制度だ。主要科目を8単位以上担当するといった条件により、別組織に所属する人を設置基準上は大学の教員としてカウントできる仕組みだ。

「地元の企業人を実務家教員として迎えれば、学生への刺激が大きく就職先としても目が向く。大学は(教員をフルタイム雇用する場合に比べて)運営コストを抑えられ、メリットしかない」と大森昭生学長は説明する。

さらに通常より容易に単位互換型の科目連携ができる新たな制度、大学等連携推進法人の活用もにらむ。地元の国立大学や公立大学でそろう理工系科目が学べるようになれば、新学部でも充実した科目を提供できることになるからだ。これまで重ねてきた地域連携における実績が今後、生きると見られる。

京都光華女子大 初の理系、27年度新設

京都光華女子大学も初の理系への挑戦となる。27年度に、健康科学部に食品生命科学科を新設する計画だ。費用のかかる研究の施設・設備は、近隣の大学や研究機関のものを利用するのが特徴だ。

理工系の教育は電子顕微鏡や遺伝子組み換え施設など、文系と比べ格段に経費がかかる。しかし同大で環境や食品といった理工系分野を担当する教員は、すでに研究で他機関の利用実績があるという。そのネットワークを土台に、壁を乗り越えられると判断した。

同大は女子教育の切り口から、女子中高生の理系進学を後押しする活動を長年手がけてきた。「理系がないため高大接続とならず、もったいない状況だった」と高見茂学長は残念がるが、学科新設で優秀な生徒を引きつけられる。近年、女子大は学生集めが厳しいだけに、理系女性の育成や性差に基づく研究開発「ジェンダードイノベーション」を通じて存在感を高めたいと願う。

基幹教員や大学等連携推進法人の制度活用は同大も念頭に置く。「将来は大学間の統合も、と政府は仕掛けているのではないか」(高見学長)。学内対応で終わらない、大学経営における先見の明が問われる。

芝浦工大 システム理工学部を再編、定員1.5倍

芝浦工大システム理工学部がある大宮キャンパス(さいたま市見沼区)の新棟完成予想図

一方、大規模理工系大学の芝浦工業大学はシステム理工学部を再編し、情報や環境の強化で26年度に入学定員を現在の1・5倍にする予定だ。先に工学部で進めている課程制や卒業研究の3年次スタート、多様な策を用意する女子学生支援などが、受験生から好評であることを踏まえ、大胆な数字を出した。もちろん3月に着工する新棟もアピール材料だ。

これら三つの私立大学の計画には文科省の審議会による設置認可というハードルが待ち構える。他の事業採択大学でも、教員確保などできず断念するケースが予想される。その中で芝浦工大は「改組は3年ほど前から何度ももんできた。新規採用の教員数は多いが、一部はすでに対応済みだ」(沢田英行システム理工学部長)と、文科省事業より早い時期から動いた強みを強調する。

滋賀大 修士課程2.5倍100人

滋賀大学のデータサイエンス学部・研究科ではバーチャルリアリティーの実験も手がける

国立大学の場合は高度情報人材育成が目的とあって大学院が主戦場だ。データサイエンス(DS)で先頭を走ってきた滋賀大学は、大学院修士課程の定員を29年度までに現在の2・5倍となる100人にする予定だ。60人の純増で、学費収入や運営費交付金による教員も増加する。竹村彰通学長は「企業派遣が多い実績があり、大学院を持たない他大学のDS学部卒業生も進学候補先に考えてくれる」と胸を張る。

理工系の大学院は通常、1研究室内での教育が中心だ。しかし同大のDS研究科は内部進学、他大学からの進学、企業派遣と多様な学生がおり刺激が多いという。博士課程学生は大半が社会人だ。竹村学長は「博士人材が企業の課題を文理融合で解決する、新たなイメージを定着させたい」と意気込む。

筑波大 情報系修士3割増

筑波大は全学の情報教育で歴史がある(1975年の電算室)

「本学は開学当初から情報科目を全学必修としていた」というのは筑波大学の加藤光保副学長・理事だ。新構想大学の同大の工学系は伝統的な国立大と比べ小規模で、芸術や体育の専門分野を含め、情報科目を全学の特色にした歴史がある。今でこそ「DSやデジタルの知見は文系人材にも必要」といわれるが、約50年前からそれを貫くのは驚異的だ。

同大の情報系の修士定員を24年度に3割増にするため、今冬はその大学院入試で大忙しだ。外国機関の研究者から副指導や助言を受けたり、情報学を医学や社会科学に応用したりする仕組み整備の計画で、受験生を引きつける。がっちりとした理工系でなく、専門の間の垣根が低い同大ならではの工夫だ。

理工系教育の強化事業は24年度も公募がある。先行例をにらみながら、計画を練る大学が少なくないとみられる。学生一人ひとりの能力を高めながら、経営状況も改善させられる大学こそが、少子化時代の中心的存在となるのだろう。

日刊工業新聞 2024年01月05日
山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
理工系強化の文科省基金事業は採択数が多く、どれを取材するか迷いがあった。文科省側の推しとして一つは、支援1のうち文系の理系初進出で優れたものだ。もう一つは支援2のうち、ハイレベル枠で採択となったもの(国立大学の7件)だ。「活用しない手はない」(大規模私立総合大学の学長談)と注目される事業だけに、2024年度申請を考える大学は、これらの推し事例を研究することがプラスになりそうだ。

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