国内市場は縮小…文具メーカーが得意分野で挑む海外攻略
国内でデジタル変革(DX)やペーパーレス化が急速に進み文具市場が縮小傾向にある中、文具メーカー各社は海外展開を推進する。長年培ったノウハウを生かし、海外メーカーと比べ高品質な商品を低価格で提供できる点が強み。一般消費者をターゲットに据え、各社が得意分野で市場攻略に挑む。(石川侑弥)
使われ方に変化
三菱鉛筆は欧州のアート向け需要の高まりなどを追い風に拡販を狙う。水性顔料マーカー「ポスカ」は戦略製品の一つ。群馬工場(群馬県藤岡市)での生産量を年内に従来比3割増やす。
極細水性サインペン「PIN」も欧州需要が拡大傾向にある。もともと国内外で事務用ペンとして販売していたが、黒の細線を基調としたアート・カリグラフィー作品での利用が増加しており、海外向けの製品ラインアップを充実した。
現在、国内向けは黒の場合で線幅は3種類だが、海外向けは黒で線幅10種類をそろえるほか、ペン先が筆状の「BRUSH」も用意し、灰色や茶色など複数種を提供する。平野功一執行役員は「ポスカは発売から40年。製品は変らないが、使われ方は社会とともに変化する」と説明する。
複雑な機構とノウハウ
「コロナ禍でDXが想定より早く、社会全体で進んだ」とプラス(東京都港区)の竹内淳子執行役員は指摘する。同社の文具売り上げはファイルバインダーなどオフィス向けが中心だが、情報の保存方式が紙から電子データに移り、大量の用紙をファイリングする機会が減少した。
そうした中でも修正用・装飾用のテープ類はアジア圏を中心に人気だ。同社は台湾で約20年前から修正テープを販売するが、「文具売場一面に修正テープが並ぶほど」(竹内執行役員)という。日本とは全く異なる扱いだ。特に学生からの需要が高い。台湾では幼少期から学習の際にボールペンを使うのが一般的で、消しゴムではなく修正テープを使う。テープ類は巻き取りの機構が複雑でノウハウが必要となるため、海外メーカーが簡単に高い品質で量産できないのも優位点だ。
プラスの文具の売上高海外比率は現在4割で2025年末までに5割を目指す。1995年と2010年に文具の基幹工場をベトナムに建設済みで同工場を中心に販売網を拡充する。「長く稼働している工場で現地の知名度もある。アジアの所得上昇に合わせて拡販したい」(同)と力を込める。
「ローカライズ」個性表現
コクヨは1975年発売の「キャンパスノート」など紙製品を国内外で展開し、学生を中心に根強い人気を持つ。文具事業の売上高は784億円(2022年12月期)で、現在の海外売上高比率は3割。国内市場の縮小を念頭に、中国とインドを中心に海外での事業拡大を急ぐ。
8月には中国・上海で自社の限定商品を集めたイベント「KOKUYO HAKU 上海 2023」を開催。学生向けに、現地デザイナーがデザインした限定キャンパスノートなどを披露したほか、中国のアパレルメーカーやコーヒーブランドとコラボレーションしたノートもそろえた。3日間で9200人を集め盛況だった。コクヨは「ローカライズした商品を展開する。個性の表現や、友人同士の会話での話題づくりに役立つ」とする。
ユーザーと一緒に成長
ゼブラホールディングス(HD、東京都新宿区)は蛍光ペン「マイルドライナー」、ボールペン「サラサシリーズ」が国内外で人気。特にサラサシリーズでは、10月からインドネシア工場で東南アジア向け製品の生産を始める。現在は野木工場(栃木県野木町)で生産するが、アジアでの需要の高まりを見据え現地生産を開始する。
マイルドライナーについて、プロダクト&マーケティング本部の平将人副部長は「ユーザーと一緒に成長してきた商品」と話す。ノートの文字を際立たせる薄い色の蛍光ペンとして開発し、09年に発売した。
現在、米国ではメッセージカードの装飾用途で引っ張りだこ。米国では記念日に友人や家族にカードを贈る文化がある。会員制交流サイト(SNS)で紹介する際に「映え」させたいとの思いから、より色鮮やかなカードをつくりたいという一般消費者が増えていることが背景にある。
サラサシリーズは中国の学生から好評。急激な同国の経済発展とともに、日本の高品質な文具への関心が高まって17年ごろから販売が伸びている。「国を問わず全方向に拡大したい」(平副部長)と意欲を見せる。
独自路線歩む商品展開強み
すでに海外売上高比率が全体の7割を占めるのが、ぺんてる(東京都中央区)。1963年に米シカゴの文具国際見本市に、創業者自らが参加し同年発売の「サインペン」を出展。ジョンソン米大統領や米航空宇宙局(NASA)の宇宙飛行士が使ったことで人気になり、評判が日本にも広まった。現在世界120以上の国と地域に販売網を広げる。
最近では速乾性と濃い筆跡、なめらかな書き味が特徴のボールペン「エナージェル」が国内外で好評。18年には多色展開で透明筐体(きょうたい)を特徴とする「エナージェルインフリー」を発売した。国内では履歴書の記入などで美しく文字を書く需要、国外はイラストや装飾を描く需要に応えている。
同社は1946年に学用文具・画材の製造販売で創業。当時は競合他社が多く、差別化が必要だった。ぺんてるの田島宏執行役員は「創業者から受け継がれた独自路線を歩む社風がある」とし、特徴ある商品の展開に自信をみせる。
国内市場縮小も個人に照準 書く楽しさ“消えない”
国内の文具市場は縮小傾向にある。矢野経済研究所(東京都中野区)の「文具・事務用品市場に関する調査」によると2021年度の国内文具・事務用品市場はメーカー出荷金額ベースで前年度比2・0%減の3996億円。成熟化が進み構造的な需要減少が不可避な状況とする。ただ、筆記具に限っては同3・7%増の820億円で増加傾向にある。ゼブラの平副部長は「書く楽しさは消えない」と筆記具の強みを指摘する。
国内の文具市場は、長く事務用文具がけん引してきた。企業の業務用文具の一括購入に支えられてきた。しかし08年のリーマン・ショックで各企業で文具の買い控えが発生。一方、個人で文具を購入する機会が増えた。「価格重視の簡素な商品から、嗜好(しこう)性の高い個性ある商品に需要が移ってきた」と三菱鉛筆の平野執行役員は話す。
さらにコロナ禍の出社制限と在宅勤務でデジタル化が加速。事務用文具の売り上げが大きい行政機関も購入数が減少しており、文具メーカー各社は国内外で個人消費に照準を合わせる。プラスの竹内執行役員は「これまで事務用ファイルは“素朴”な商品だったが、在宅ワークを意識して多色展開する。働き方に合わせて商品をそろえる」と細かなニーズに対応していく考えだ。