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あなたはどんな筆入を使ってた? 老舗文具メーカーが開発する筆入の変化とこれから

【連載】体験と礎 #3 クツワ マグネット筆入

小学校の入学用品として現在も多くの自治体が指定する箱型の筆入。鉛筆や消しゴム、定規などその中身は長く不変でありながら、外観や機能には様々な流行が取り入れられてきた。最近では全国の児童・生徒1人につき1台のデジタル端末を配備する「GIGAスクール構想」などによる環境変化への対応も注目されている。
 創業112年の老舗文具メーカー、クツワ(大阪府東大阪市)の「マグネット筆入」シリーズは多機能設計や多色展開など様々な工夫を続け、長年にわたり小学生の学習環境を支えてきた。同社における製品開発の変わるもの・変わらないものを取材した。

工夫や仕掛けの背景にあるもの

クツワのマグネット筆入は2022年5月現在、88種を展開している。製品のフタを開けると鉛筆を1本ずつ収納できるホルダーや時間割のメモが入ったポケット、三角定規や分度器を入れるスペースなど児童の学習環境に長期に伴走する工夫が詰まっている。鉛筆ホルダーの数は、1日分の時間割に合わせた本数の鉛筆と赤鉛筆などを入れられる6〜7本が基準になっている。

「クラリーノ®」製 スーパー軽量筆入

箱型の筆入が小学校で使用する文房具として普及し始めたのは1970年代。それ以前はセルロイド製のケースやビニールポーチのような形状のものが主流であった。クツワ商品開発部の橡尾洋介部長は「従来使われてきた素材は熱に弱く、耐久性にも課題を抱えていた。活発な児童たちが日々使用する上で壊れにくく、文房具の種類が増えても収納しやすい製品のニーズが高まる中で、メーカー各社が箱型の筆入を開発するようになった」と指摘する。
 70年代後半から80年代前半はボタンを押すと鉛筆ホルダーが飛び出したり本体が変形したりする多機能タイプが流行。高度経済成長の中で子供の持ち物でも高価な製品が購入されやすい傾向にあった時代背景と、児童数の増加による市場規模の拡大が個性ある製品開発を後押ししたという。

『2かいだて筆入』(昭和57年頃発売)

しかし、多数の仕掛けが搭載された筆入は授業中の児童の集中力を奪うことが課題になった。玩具に近い機能のついた文房具を使用禁止にする学校が増えていく中で多機能タイプの開発は徐々に減速、そのブームは約10年間で幕を閉じた。

その後、同社の製品開発は丈夫さや安全性をいっそう追求するかたちにシフトした。多機能タイプのような派手な仕掛けは無くなったが、数ミリ単位での軽量化や素材の改良など小学生の学習を支えるための工夫は今の時代にも続いている。コンパクトな設計が特徴の『はねカル』や、一部の部品に強化プラスチックを使用し強度と収納性を向上させたものなどシリーズ展開も豊富だ。

『はねカル』シリーズでは1ドアタイプと2ドアタイプを展開
素材を工夫し本体の強度を高めた『タフクリア』。全体が透明なデザインになっており、中身が見やすい。
 

多色展開がカギに

形や機能の違いに加え、近年の製品開発で重要な要素になっているのが「色」だ。
 「以前は筆入の扉に描かれたキャラクターの人気が売上を左右していたが『キャラもの』を禁止する学校が増える中で製品選びの軸が色に移ってきた。大人が機能や品質を、使い手である子供がお気に入りの色を選び購入する事例が多く、マーケティングでは多色展開がカギになっている」(橡尾部長)。

同社製品における人気色は、男児の場合、黒と紺が中心で全体の約70〜80%を占める。女児の場合はパープル、ミント、ライトブルーなど人気色の幅が多様だ。少し前の時代のように赤やピンク系など限られた系統の色が売れることは減少傾向にあり、最近ではディズニー映画『アナと雪の女王』シリーズの主人公姉妹を連想させる淡い紫や水色も人気があるという。
 また、ランドセルと筆入の色を揃えたいという声も増加しており、クラリーノシリーズでは全14色を展開(※1)している。

学習環境のデジタル化が進む中で

クツワでは現在、文部科学省の掲げるGIGAスクール構想の動きにも注目している。児童・生徒1人につきデジタル端末1台が配備される環境では、鉛筆やノートに代わりタブレットやキーボードが学習道具の中心になることも予測できる。橡尾部長は「これまでに起きたトレンドは言わば筆入の世界に閉じたものだった」とした上で「デジタル中心の学習で文房具が担う役割を問いつつ、環境変化への素早い対応と使い手の生活を支える製品開発を続けていく」と強調する。

同社が行った教育現場への調査では「文字の読み書きを習得する上で文房具は必要」「図形の概念を理解する上では定規やコンパスにも長所がある」などの声も多くあったという。
 「大人たちがアナログな文房具も必要と考える一方、子供たちからは逆の意見も一定数出ている。製品開発に携わる一人としては、文房具には今後『学習するための道具』と『デジタル機器の入力装置』の2つの役割が生まれていくのではないかと見ている」(橡尾部長)。

箱型の筆入は現在も多くの小学校で入学用品として指定される傾向にあり、子供たちにとっては初めての「自分の文房具」になることが多い。消耗品のノートや鉛筆と違い、長い時間をかけて使われる想定で開発される点でも稀有な存在だ。アナログな文房具とデジタルデバイスを併用した学習環境が醸成される中では、子供たちがそれぞれの長所や新たな役割に気づく可能性もある。

近年はSDGsや環境問題への関心から自分の使う道具の素材やそれができるまでのプロセスに興味を抱く消費者も多い。製品の長寿命化や道具を丁寧に使う意識が高まる中、6年間を通じ安心・安全に使えるよう開発されてきた同社の筆入には今後の社会におけるモノづくりのアドバンテージがある。
 丈夫さ、収納、ギミック、キャラクター、多色展開などこれまでも様々な流行を取り入れながら児童の学びを支えてきた筆入。その進化はデジタル教育が促進される中でも続いていく。

※1:2022年5月現在

取材はオンラインで実施 写真・画像提供:クツワ株式会社

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濱中望実
濱中望実 Hamanaka Nozomi デジタルメディア局コンテンツサービス部
取材にあたり社内で「小学生当時に使っていた筆入」についてヒアリングをしたところ、多機能、変形、キャラものなど世代ごとに橡尾部長のお話にあったトレンドに結果が分かれました。時代背景とリンクしたデザインの変遷はあれど、世代や性別を越えて「小学校1年生の時は箱型の筆入を使う」体験が続いているのは興味深いです。学習環境の変化の中でタブレットやPCなどの活用も注目されていますが、それらは必ずしも児童向けに設計された製品とは限りません。大人から子供まで使えるデジタルデバイスと児童の学習に伴走する文房具が今後どんな関わりを持つか、デジタルとアナログ双方の製品開発にどんな変化を与えるか注目したいです。

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日常の何気ない体験を見直したりアップデートさせたりする視点を持つ製品開発の事例が増えている。デジタルデバイスがより身近になる中で「プロダクト」の概念もハードウェアに閉じたものではなくなった。働き方や暮らし方が多様化する中で、プロダクトの開発にはどのような視点が求められるのか。その作り手は社会とどう向き合うのか。(不定期連載)

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