【ノーベル賞】長い基礎研究「結実」した自然科学3賞、実用化への三者三様
2023年ノーベル賞の自然科学3賞が出そろった。メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンやアト秒レーザー、量子ドットは、いずれも長い基礎研究の上に結実している。ただ実用化への道のりは異なる。mRNAワクチンはコロナ禍を受けて世界が実用化を後押しした。アト秒レーザーは新しい学術領域をひらくも、まだ科学のための技術と言える。量子ドットは既存の材料とコストを比べられ、長い用途開発を経てレーザーやディスプレーとして世に出た。三者三様の道を歩んでいる。(飯田真美子、小寺貴之)
生理学・医学賞 mRNAワクチン/コロナ禍一気に脚光
生理学・医学賞はmRNAワクチン開発の基盤技術が受賞する。新型コロナウイルス感染症ワクチン開発から約3年での受賞となった。
人工的に合成したmRNAを使った医薬が実用化されたのは新型コロナワクチンが初めてだ。パンデミック(世界的大流行)がなければ日の目を浴びなかった可能性もある。受賞発表前の取材では、一部の研究者から「技術だけを評価するとノーベル賞は受賞しないのではないか」と辛口なコメントも見られた。ただ有効性90%以上という予防効果の高いワクチンが1年弱という短期間で開発できたことへの貢献は大きい。今後のワクチン開発を迅速で進める上で、新たな一手になると期待される。
mRNAワクチンの基盤研究は20年以上進められてきたが、資金不足や臨床試験の失敗で長年注目されることはなかった。成果を英科学誌ネイチャーに投稿してもすぐに返却された。今回受賞した独ビオンテック上級副社長(米ペンシルベニア大学特任教授)のカタリン・カリコ博士は、大学から研究が評価されず降格となり追い出されたこともある。ただカリコ博士は常に前向きで「研究は思い通りにいかないことが多く簡単ではないが、とても楽しく幸せ」と振り返る。多くの人から見放されかけた技術が新型コロナで一気に花咲き、ノーベル賞への階段を駆け上った。
物理学賞 アト秒レーザー/高性能な光触媒など期待
物理学賞はアト秒パルスレーザーの実現が受賞する。アト秒(アトは100京分の1)という短い時間に一瞬だけ光るレーザーをストロボのように使い、電子の動きを観測する技術を見いだした。
一瞬だけ光るレーザーでは、1999年にフェムト秒(フェムトは1000兆分の1)パルスレーザーの実現にノーベル化学賞が贈られた。これにより原子の動きを観察して制御できるようになり、学術界・産業界でも多く利用されている。だが固体や液体中では量子の波の性質は一般的に約10フェムト秒で壊れてしまい、電子の観測は難しかった。
今回受賞したアト秒レーザーは電子が動く様子が分かるため、例えば化学反応で分子の構造が電子によってどう変わるかを調べられ、詳細な反応機構の解明につながる。ただ使われる分野はこうした基礎研究でのツールに過ぎず、一般にはあまり知られていない。分子科学研究所の大森賢治教授は「アト秒光パルスレーザーの強度や安定性、精度などの改善や、固体や液体に適用するための技術の発展が実用化の鍵を握る」と強調する。
アト秒レーザーの産業利用の用途として、高性能な光触媒・太陽電池や磁気デバイスなどの新材料の開発などが期待される。ノーベル賞を受賞したことで同技術が多くの人の目に触れた。より応用の幅が広がるかもしれない。
化学賞 量子ドット/社会の役に立ち評価
化学賞には量子ドットが選ばれた。量子ドットには二つの系統がある。化学を中心とするコロイド量子ドットと固体物理を中心とするエピキャシタル量子ドットだ。どちらも1981年に発表された。
軍配が上がったのはコロイド量子ドットだ。旧ソ連出身のアレクセイ・エキモフ氏は色ガラス中の微粒子が発色する理由を突き止めた。その後、コロイド溶液で量子ドットを調製した米2氏とともに化学賞を受賞した。
エピキャシタル量子ドットは東京大学の榊裕之名誉教授と荒川泰彦名誉教授が発明した。極小の3次元(3D)空間に電子を閉じ込める量子ドットの概念を提唱した。論文投稿は80年12月と先んじたが、日本の応用物理学会での発表だった。結局、ノーベル賞化学賞として化学者が選ばれた。
量子ドットは量子ドット発光ダイオード(Q―LED)として液晶ディスプレーのバックライトに採用された。現在は量子ドットで直接3色の光を出す方式の開発が進む。コロイド量子ドットは溶液調製できるため塗布で量産できる。有機ELより長寿命で安価になると期待される。
エピキャシタル量子ドットはレーザーとして実用化された。光電融合デバイスに組み込まれ大容量情報伝送を担う。東大の荒川名誉教授は「方式問わず量子ドットが社会の役に立ち評価された。受賞で研究が活性化する」と目を細める。