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【イグ・ノーベル賞】望みのカレー・ワイン再現…立ち上がる“味覚メディア”、複雑な味の再現に挑む

【イグ・ノーベル賞】望みのカレー・ワイン再現…立ち上がる“味覚メディア”、複雑な味の再現に挑む

卓上機として開発した「TTTV3」。白ワインを赤ワインの味に変えられる(明治大提供)

“味覚メディア”が立ち上がろうとしている。フードプリンターとして静的な味調製デバイス、電気味覚として動的な味変調デバイスがそろった。望みの味の食べ物を生成し、食べながら調整できるようになってきている。すでにカレーやワインのような大きな分類では味を再現できてしまう。課題はシャトー・ラグランジュの何年物など、細かな味の再現だ。これも大規模言語モデル(LLM)の普及で集合知として解決する道が見えてきた。(小寺貴之)

「受賞をとても光栄に思う」―。明治大学の宮下芳明教授は2023年のイグ・ノーベル賞(栄養学)を受賞した。東京大学の中村裕美特任准教授と箸やストロー型のデバイスで電気味覚の味変調効果を検証した論文が評価された。電気味覚は微弱な電流を流して舌表面のイオンの動きを制御する。舌を正に帯電させるとプラスのナトリウムイオンが舌から離れ、塩味は薄くなる。電圧を反転させると滞留したイオンが舌に吸着し、塩味が増強される。電流波形の工夫で味を増強したり減弱したりできる。キリンホールディングスが減塩支援スプーンや椀型デバイスの事業化を進めている。

研究室では塩あめの味覚制御に成功した。塩あめ中の電解質が電気を通すため、なめていると塩味が変調する。音楽イベントなど、コンテンツと連動するエンターテインメントへの応用を進めている。

電気味覚は動的な味変調技術だ。対して静的な味調製技術としてフードプリンターが登場している。

宮下教授らは味や風味を印刷する味提示機「TTTV3」を開発。渋みのタンニン酸や甘みのスクロースなど、イオンとして電気制御しにくい味にも対応した。味を印刷した料理を電気スプーンで食べるなど、静と動の組み合わせで表現の幅が広がる。

TTTV3では味物質を20種、20マイクロリットル(マイクロは100万分の1)単位で1000段階調整できるため、10の60乗(1那由他)通りの表現が可能だ。こうして「シャトー・ラグランジュの何年物の赤ワイン」などの精緻な表現を目指す。

課題は料理の成分データベースがないことだったが、LLMで解決の道が見えてきた。TTTV3ではLLMの「GPT4」に料理や食材の成分を聞いて出力している。宮下教授は「LLMはウェブにある大量のレシピと再現レシピ、栄養成分のデータを学習している。外れることもあるが妥当な味を出力している」と説明する。

重要なのは味に違和感があれば「もう少し酸味を濃く」などと対話するように正解を求められる点だ。カレーの店ごとの差のような細かいデータもユーザーとともに集められる。

宮下教授は「ウェブのようにソーシャルなアプローチでデータを充実させることになる。その最初の一歩を踏み出せるレベルには到達した」という。

将来、海外の名店まで行かなくても家庭で再現した味を楽しめるようになるかもしれない。これはモノ消費を情報で補完する試みだ。国内食材で海外の味の再現ができれば、食材の輸入依存や二酸化炭素(CO2)排出量の削減につながる可能性がある。味覚メディアは減塩などの健康支援から立ち上がる。その後の広がりを見据えてビジネスモデルを設計できるか注目される。

日刊工業新聞 2023年09月20日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
フードプリンターや味覚ディスプレイを組み合わせると、食感や味を含めて料理を再現できる可能性があります。ただプロの料理が完全再現されるまでには、まだ時間がかかります。いまは普通に作った方が早いかもしれませんが、同じ料理ならTTTVでひと味足したら本場の味ということも可能かもしれません。例えば高級でないドーナツでも国によって好まれる味が変わります。食べ比べできたら面白いかもしれません。甘すぎる、酸っぱすぎる、辛いなんてあり得ないなど、たくさん食べたくないので、一口ごとに現地味を噴霧して試しておいてから、現地で食べるとまた違った観光体験になりそうな気がします。多様な現地味の中で自分の畑の食材がどうはまるか、日本の食材の輸出を後押しするマーケティングの面からも有効かもしれません。

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