ニュースイッチ

拡大期の「ラボラトリーオートメーション」、その効果と展望

拡大期の「ラボラトリーオートメーション」、その効果と展望

理研の高橋チームリーダーらが進めるロボティック・バイオロジー・プロトタイピング・ラボ。生命科学実験をロボットが代行する(理研提供)

研究を自動化するラボラトリーオートメーションが、拡大期を迎えようとしている。研究プロセスに人工知能(AI)技術などを取り入れたデータ駆動科学が成功し、次のステップとして実験の担い手を人からロボットに切り替え、ケタ違いのデータを集める。ロボットの社会実装や、生命科学などの研究の高度化につながると期待される。コスト低減のほか、研究者のコミュニティーを拡大していけるかが課題となる。(小寺貴之)

“ケタ違い” データ収集狙う

この10年間でロボット研究のテーマは、社会実装にシフトしてきた。インフラ保守や農業、介護など社会課題を抱える現場でロボットを開発するものだ。研究者に論文のための研究でなく、実際に使える技術を開発してほしいという社会的要請が背景にある。

ただ研究者の間で社会実装疲れが生じている。ロボットへの過剰な期待を解き、技術で解決できる課題を探す活動に時間を取られる。ロボット開発よりもユーザー教育に手間がかかるケースが多い。社会課題を抱える業界は人材流動性が高く、人が変わると教育はやり直しになる。

東京大学の佐藤知正名誉教授は「大学研究者が現場課題を適切に捉えているという幻想があったのではないか」と指摘する。研究と実践を繰り返す場は必要だが、大学と社会課題解決の現場の間には距離がある。

この状況で世界のロボット研究はAIにシフトしている。英科学誌「ネイチャー」は日本のロボット研究はAIブームに乗り遅れたという論考記事を掲載。科学論文を牽引しているのはAIであり、数値化しやすい評価指標に導かれてAIシフトが進む。

日本のロボット研究は産業寄りの経済産業省事業と、学術寄りの文部科学省事業に支えられてきた。学術系の文科省予算、社会実装系にシフトする経産省予算のはざまにある中間が薄くなっている。このままでは日本が強かった機械や制御などのロボット研究が中長期的に弱くなる可能性がある。

こうした中、大学などの研究室を現場として捉えるラボラトリーオートメーションが、注目されている。研究室をロボットの社会実装の場(舞台)として活用するわけだ。人手で行っている実験や計測作業をロボット研究の対象と捉え直せば、開発すべき技術は無数にある。

またラボラトリーオートメーションは、研究開発そのものの高度化を促す役割も期待される。文科省が推進するデータ駆動科学を強くするためにはロボット技術が必要になる。生命科学などを中心にケタ違いの高品質データを集める競争が始まっており、同技術は欠かせない。

科学基盤モデルの構築急ぐ

日本では「AIロボット駆動科学イニシアティブ」が近く発足する。理化学研究所や東京大学の研究者が発起人となり、設立準備を進めている。

発起人の高橋恒一理研チームリーダーは「大規模言語モデル(LLM)のように科学の基盤モデルを作りたい」と説明する。LLMは、大量のテキストデータを学習させて人間のような対話を実現した。質問への回答だけでなく、検索や翻訳など複数のAIタスクに転用でき、基盤モデルと呼ばれている。

科学基盤モデルでは論文や研究データを大量に学習させ、疾患原因遺伝子の特定やたんぱく質の機能予測などさまざまな研究タスクに展開できるモデルを目指す。

こうした巨大なモデルには膨大なデータを学習させる必要がある。このデータを人手で集めるのはほぼ不可能だ。ロボットに実験や計測を担わせ、品質のそろった大規模データを集めることになる。文科省は理研事業として24年度概算要求に予算を計上。研究のサイクルを10倍加速することを目指す。

課題はコストとコミュニティーの形成だ。AIに比べてロボットはコストが高く、参入障壁が高い。理研や東大でラボラトリーオートメーションの旗艦プロジェクトは進むものの、一般的な大学研究者には敷居が高い。実際にイニシアティブ発起人の4人は、内閣府や科学技術振興機構(JST)のムーンショット型研究開発事業や未来社会創造事業で予算を獲得したエース研究者だ。

ソニーグループの北野宏明最高技術責任者(CTO)は「ゲノムシーケンサーの登場時と同様に、まずは産業界がけん引することになる」と指摘する。当初は学術界の研究者には高くて買えなくても、産業界での設備投資が一巡すれば、予算のある研究者から顧客になるという。

コミュニティー形成の観点からは中間層の裾野を広げないと、少数の旗艦プロに頼るコミュニティー構造になる。これは不安定で持続しない。大学でDIY(日曜大工)のように進められている自動化と、旗艦プロをつなぎ巻き込んでいく仕組みが必要になる。 AIとの連携環境つくる

この課題に取り組んでいる例はある。奈良先端科学技術大学院大学ではデータ駆動型サイエンス創造センターが中心となり、物質科学と生命科学とデータやAI、ロボット研究者が連携する環境を構築している。船津公人センター長は「奈良先端大はコンパクトにまとまっていて意思の疎通を図りやすい。データ駆動の視点で融合研究が進んできたからこそ研究に革新を起こせる」と説明する。

物質・材料研究機構(NIMS)は、実験ロボットとAIをつなぐ連携ソフト「NIMS―OS」を開発した。AIの解析結果を実験ロボに入力し、実験全体を自動化する。田村亮チームリーダーは「AI研究者にとっては開発したAIモデルが実験科学者に利用され実績になる」と説明する。

NIMS-OSで稼働するNIMS電気化学自動実験ロボ「NAREE」(写真左下はNIMS-OSの画面、NIMS提供)

組織としては高等専門学校との連携を強化している。研究費を支給して教員と学生を招き協働研究を進める。高専生には自ら実験装置を開発する気風がある。宝野和博理事長は「国研と高専出身者は相性がいい」と目を細める。組織の規模や分野ごとに連携事例がたまってきた。科技政策としてのひな形はすでにある。この資産を生かせるか注目される。

日刊工業新聞 2023年08月11日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
政策レベルでは文科省予算は学術、経産省予算は社会実装にシフトしていて中間が薄くなっていく。大学レベルではAIデータ教育のためにAIの教員を増やす。研究者レベルでは論文のインパクトを追いかけAIに惹かれる。こんな作用が働いていて、旧来のロボット研究はだんだんと手薄になっていく可能性があります。個々の政策、意思決定はいずれも正しく、応援しつつ、俯瞰して手を打つ必要があります。ロボットに限らず、大学の研究がトイプロブレムばかりなっていて、社会の課題から離れてしまっていると10年以上前から指摘されてきました。そこでラボから出て現場で開発せよ、とプロジェクトが立ったものの、やってみるとラボと現場の距離があまりにも遠かったです。まず言葉が違うので会話ができません。ユーザーは技術を知りません。課題抽出と技術提案がうまく回らず、その内に飽きられたり失望されたりして、また新しい現場ユーザーを探します。またはロボが完成しても、ハイテクを買い支えられません。そもそもハイテクを買える業界なら、お金の力で人間を雇って社会課題を解決していた。ということを繰り返してきました。これはロボットに限らず、いろんな産学連携で見られます。そして大型プロジェクトでないと、ロボ研究者と現場の専門家、民間事業者を集めることも難しいです。それならば、ラボにロボ研究者と実験科学の専門家、事業者としての大学を集めて、現場課題の抽出や技術のブラッシュアップ、持続可能な運用検討を実践してみるのがいいように思います。現場に行く前に、大学の実験圃場や工事現場、食堂、病院など、さまざまな実験環境があります。研究者同士なら、きっと話も通じます。社会課題に挑戦する前の基礎力を養えるように思います。

編集部のおすすめ