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スタートアップ創出活性化どうする?…先進国の動きからヒントを探る

スタートアップ創出活性化どうする?…先進国の動きからヒントを探る

ビヨンドネクストベンチャーズは研究者と経営者候補をマッチングするプログラム「ブレイブ」を展開する

政府が2022年に打ち出した「スタートアップ育成5カ年計画」。要諦はエコシステムの構築だ。大学の研究成果を事業化し、成功に導く仕組みを構築することで、スタートアップ創出を活性化する。ただエコシステム構築に向け、人材育成を中心に課題は多い。どう解決していくべきか。ベンチャーキャピタル(VC)の取り組みや、スタートアップ先進国である米国の動きからヒントを探る。(小林健人)

経済成長けん引

政府がスタートアップに着目するのは、社会課題の解決や経済成長を促す存在だからだ。米国では「GAFAM」と呼ぶIT大手5社など、VCの支援を受けた企業が経済をけん引している。

また新型コロナウイルスワクチンを開発した米モデルナなど、科学技術をベースに社会課題を解決するスタートアップが多く生まれている。日本からもこうしたスタートアップを次々と生み出すべく、5カ年計画ではエコシステムの構築を掲げた。

計画策定後、政府系の産業革新投資機構(JIC)や中小企業基盤整備機構などからVCへの資金供給拡大を決めるなど施策を打ち出した。補助金でもディープテック企業を対象に1000億円の基金を組成した。

エコシステム構築に向けた課題の一つは人材だ。VCのビヨンドネクストベンチャーズの橋爪克弥パートナーは「大学の研究成果を事業化までもっていく『経営人材』は常に足りていない」と課題認識を語り、「経営者になりたい人物を訓練する必要がある」と強調する。

そこで同社は、研究者と経営者候補をマッチングするプログラム「BRAVE(ブレイブ)」を16年から展開。研究者と経営者のチームを支援し事業化に近づける。状況に応じて同社からの投資も実行する。

また起業家育成のプログラムも用意する。米国では起業当初に投資するエンゼル投資家、事業をブラッシュアップする人材、VCなど役割分担ができている。橋爪パートナーは「日本ではこうしたエコシステムが弱い。我々のような民間VCがコストをかけてでも裾野を広げたい」と話す。

23年からはBRAVEに採択するチーム数を例年の10倍の50組に増やす。8月から募集を始める。また、ほかのVCにもBRAVEに参加してもらう。「研究を起業化までもっていく取り組み自体を拡大する」(橋爪パートナー)考えだ。

ユニコーン100社

東京大学エッジキャピタルパートナーズ(UTEC)も人材育成を重要視するVCの一つだ。宇佐美篤パートナーは「経営人材だけでなく、スタートアップに精通した知財や法律などの専門家の人材層も薄い」と課題を認識する。

こうした状況を変えるには、スタートアップのイグジットとして新規上場(IPO)だけでなく、M&A(合併・買収)も重要とみる。「米国ではリーマン・ショック時にIPOの数は減ったが、M&Aの数は減らなかった。こうした経験を通じて、経営力などのスキルを獲得。それを生かして起業する循環が起きている」(宇佐美パートナー)と強調する。


実際、UTECの投資先であるオリシロジェノミクス(現モデルナ・エンザイマティクス、東京都文京区)は、米モデルナに8500万ドル(118億円)で買収された。宇佐美氏は「大型案件の事例を多く作っていくことが、人材育成の面でも重要だ」と力を込める。

5カ年計画ではスタートアップ投資額を5年後に10兆円規模とする目標を掲げる。将来は、ユニコーン企業を100社、スタートアップを10万社創出することでアジア最大のスタートアップハブを目指す。目標の実現には資金、人材、イグジッドの多様化といった観点で幅広い支援策が求められる。

人脈広げてイノベーションに拍車/CICシニアディレクター・ジェシー・ルクレア氏

米マサチューセッツ州に本拠を構え、スタートアップエコシステムの構築を支援するケンブリッジ・イノベーション・センター(CIC)。日本担当のシニアディレクターであるジェシー・ルクレア氏に、米ボストンのスタートアップ環境や、日本のスタートアップ創出の課題などについて聞いた。

―同州ボストンは米国で有力スタートアップを多く生み出す地域の一つです。特徴は。
「ライフサイエンスとロボット分野が強み。教育された人材と起業家がパートナー、顧客とつながることができるエリアだ」

―マサチューセッツ工科大学(MIT)のような一流大学が、人材やスタートアップの供給源になっています。VCとの関係は。
「ボストンの一流大学には、コラボレーションや人脈を大切にする文化が根付いている。大学から輩出される才能や創造的なアイデアが、VCを引き寄せ、共生関係を生み出している。起業家が大学を卒業した時点ですでに、グローバルなネットワークや資金、人脈を持っているといったケースは多い。それがイノベーションに拍車をかけている」

―日本のスタートアップ創出における課題をどう見ていますか。
「日本には世界トップクラスの理工系大学があり、多くの優秀な人材や研究者が育っている。ただ、周辺に強力なスタートアップコミュニティーを形成できていない。大学発スタートアップの数は増えてきているが、戦略的、資金的に絶え間ない支援が必要だ」

―日本で多くのスタートアップを成功に導くために、どの分野の支援を強化するべきでしょうか。
「歴史的に見ると、日本における成功の多くは自動車や家電製品などのハードウエアをリードする専門技術や知識にあった。ただ、今日のビジネスは文化的に複雑化する傾向にあり、ソフトウエアも重要だ。グローバルで成功するには異なる背景を持った人材が必要。ボストンでは、ライフサイエンスなど特定の分野に強みを持つ起業家や投資家らが集まることで、自然発生的にクラスターが生まれる。そのような状況になれば、キーパーソンに素早くアクセスでき、業界とのつながりが強力になる」

日刊工業新聞 2023年07月31日

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