活躍の場広がる“研究自動化”、データ駆動で発揮するケタ違いの威力
生命科学や材料開発などにロボットや人工知能(AI)技術を利用するラボラトリーオートメーション(研究自動化)が広がっている。当初は実験の効率化が目的だったが、人間には不可能な精度の実験手技やケタ違いのデータを扱う研究スタイルを切り開いている。これがデータ駆動科学として各研究室の競争力になっている。その先端と課題を追った。(小寺貴之)
AIロボ実験担う 超人技で科学を前進
「ロボットを使えばヒトにはできない実験ができる。作業データをAIで解析して暗黙知と形式知を結びつける」と東京大学の原田香奈子准教授は説明する。内閣府のムーンショット型研究開発事業で科学実験を担うAIロボを開発する。
例えばシロイヌナズナの直径100マイクロメートル(マイクロは100万分の1)ほどの根から細胞を一つひとつ位置を記録して採取し培養する。厚さ300マイクロメートルマウスの頭蓋骨を削り取り、脳表面にヒトのミニ臓器のオルガノイドを移植する。原田准教授はこんな超人技の実験ロボを開発する。
シロイヌナズナの根からは植物組織のどの細胞がどんな機能を持つか分析でき、植物の再生力の謎を解明できる。マウス脳オルガノイドはヒトの疾患モデルになり、新薬開発につながる。こうした実験はロボットを遠隔操作し行うと動作データが蓄積され、AI技術で暗黙知を抽出できる。暗黙知はロボット用に再構成されて自動実験につながる。原田准教授は「やりたくてもできず諦めていた研究を実現する。これが科学を前に進める」と強調する。
実験の質・量飛躍、素材産業の競争力に
ラボラトリーオートメーションでは実験の質と数の飛躍が期待される。物質・材料研究機構の岡本章玄グループリーダーらは微生物燃料電池の電気化学実験を240倍に増やす計測システムを開発した。微生物燃料電池は下水などに含まれる有機物をエサにして電気細菌が生み出す電流を取り出す。実験には三つの電極を利用するため同時計測数が8サンプルに限られていた。そこで測定回路を小型集積化するなどして、最大1920サンプルに拡大した。
電気化学測定は微生物燃料電池で起こる現象を詳細に解析するための技術だ。微生物の遺伝子情報などの手に入りやすいデータを集めスクリーニングしてから最後の事象解明に使ってきた。ところが「決定打を打つための電気化学測定をスクリーニングで使えるようになった」(岡本グループリーダー)。
そのため研究戦略が大きく変わる。例えば生分解性樹脂は電気細菌の分解しやすさを前提に開発できるようになる。
岡本グループリーダーは「樹脂が分解されるかどうかだけでなく、発電メカニズムを見ながら材料を設計できる」と説明する。下水に流されても分解され電気になる生分解性樹脂は環境負荷が小さい。素材産業の競争力になり得る。
ビッグデータ補完、代替可能な物性探る
実験の自動化が進んだとしても、生命科学や材料分野は実験のコストが高い。実験をしている限りデータの量は数百から数千程度が限界になる。情報科学が扱うデータの規模には及ばない。そこで論文などの公開データの活用が進んでいる。ただ欲しいデータがピンポイントで手に入らない場合が少なくない。
物材機構の吉武道子主席研究員は手に入り難いデータを、手に入りやすいデータで補う方法論「マテリアルキュレーション」を開発する。例えば電気化学反応などで重要になる物質の仕事関数を実験で求めるのは大変だ。これを計測しやすく正確なデータが多いビッカース硬度から予測することに成功した。
マテリアルキュレーションでは原理にのっとった物性の連関を利用する。電子工学や固体物理、材料力学などの領域をまたいで物性同士の因果関係を作り、これを俯瞰(ふかん)して代替可能な物性を探す。吉武主席研究員は「機械学習のデータを入れ替えると予測精度を上げる因子を特定できる」と説明する。共同研究先の富士通が事業化を進めている。
説明可能性高める 産学連携の求心力に
取り扱うデータが大きく、現象が複雑になるほど説明可能性が重要になる。東大の山田淳夫教授は「本質を研究者が押さえなければAI技術を使う意味がない」と強調する。リチウム金属電池の研究では階層的機械学習というアプローチで説明可能性を高めた。電池研究では物質の構造や電子状態、材料物性、界面状態、特性、電池性能のデータをとる。この階層構造を加味して機械学習し、重要な因子を求める。
実験では74種類の電解質で電池を作り、その分子構造や物性などを分子動力学計算と量子化学計算で網羅的に計算した。電極リチウムの溶解析出効率を決める因子を探すとイオンの距離が効いていると判明。溶媒結合エネルギーなどは影響が小さかった。山田教授は「物性よりも構造が効く。想像と反対だった」と振り返る。説得力のある結果が得られ原理解明につながった。
山田教授と電気化学材料のプロジェクトを進める東大の杉山正和教授・研究拠点長は「説明可能なAIモデルとデータを産学連携の求心力にしていく」と展望する。実験データそのものでなく、説明可能なAIモデルでデータに付加価値を付けてから提供し、利用者からデータをもらう連携モデルを構想する。5年で方法論を確立し、企業と連携してフォーマットを設計する。
企業の製品開発では複数の性能の最適化や不具合の洗い出しで大量の実験が必要になる。そのため基礎研究以上に自動化が威力を発揮する。大学と企業の知見をつなぎ、社会実装を加速させる。