東京大学「メタバース工学部」、予想以上の好反応のなぜ
東京大学大学院工学研究科・工学部が2022年秋に設立した「メタバース工学部」が予想以上の好反応を引き出している。デジタル技術によって、従来の学内教育を超えた工学系の人材育成をするものだ。中高生の理科教育、社会人の学び直し(リスキリング)、情報発信と、個別にはどの大学も手がけるものだが、オンライン浸透の機会を捉えて1500人の聴講などを実現。継続的な成功になるか注目される。(編集委員・山本佳世子)
メタバース工学部は流行言葉を冠するが実は、「東大工学系の資産である教育コンテンツを基に、デジタル技術を活用した産学・社会連携」と定義できる。中高生向けの「ジュニア講座」、社会人向けの「リスキリング講座」、工学進路・キャリアの総合情報サイトの三つから成る。
ジュニア講座は『メタバースを作ろう』など22年度は13講座。延べ3000人参加の6割が中高生で、うち女子が5割ほどだ。粘土の造形に3次元のスキャナー・プリンターを組み合わす『デザイン×工学』では7割近い。「女子の関心の高さに驚いた」と熊田亜紀子教授は、従来の東大工学系と異なる潜在ニーズに着目する。受講に制限をしなかったため、保護者や学校教諭、一般の学生や社会人など、多様な参加があった。
一方、リスキリング講座は法人会員16社から、協賛金に応じた人数で選抜社員を受け入れた。一番人気の人工知能(AI)の講座では、1000人超の東大生と500人の法人会員受講者が一緒になって「105分×13回プラス課題提出」とハードな学びに挑戦した。
ソニーや丸井、リクルートなどの参加社員は「予想以上に多くの学びや気付きがあった」「世界観の大きい内容に興奮した」など高評価だ。加藤泰浩工学系研究科長は「企業の次の展開を考える上で、幅広く学ぶ中堅社員が力になる」とみる。4月から6講座に拡大して走らせている。
課題は学外向け活動のため教員の協力が得にくいことだ。企業の期待と満足度に応じて入る協賛金から謝金を用意するが、人気の教員は一般に研究でも忙しい。そのため工学部生が大学院で進学する他研究科の教員や、退職教員の協力も思案している。
また工学の進路を後押しする情報サイトの運営は、学生と法人会員の若手らというのもユニークだ。産学共同研究より多様な形で、若い世代の相互理解が深まるだろう。大規模でブランド力のある東大工学系ゆえの面もあるが、他大学でも参考にし、新たな形の社会連携教育を模索していくことが期待される。