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研究者の“第3の選択肢”目指す、産総研の事業子会社が求める人材とは

研究所がイノベーターに 変わった産総研 #03

産業技術総合研究所の事業子会社「AIST Solutions」は研究者にとって産と学の間の第3の選択肢になる。本気で研究しながら事業化を目指す道が開かれる。教育や学科運営などの負担はなく研究に専念できる。その上で事業計画や市場調査などマーケティングの知見を学べる環境が整った。野心的な研究者を集める仕組みになる。

「我々の取り組みはオープンイノベーションの中でも難しい挑戦になる。挑戦し、自ら道を切り開ける人材を求める」―。AIST Solutionsの逢坂清治社長は求める人材像をこう語る。新会社で扱う事業は脱炭素や先端半導体といった、技術開発と事業開発、産業政策が複雑に絡み合うテーマだ。技術が優れていなければ始まらない。その上で事業構想や投資誘致などの要素を組み立て、顧客と事業を作り込んでいく。産総研の片岡隆一理事は「接待営業ではなしえない。科学的根拠と経営の数字を積み上げる仕事」と説明する。

こうした事業会社が隣にあると研究所の空気は変わる。研究者が普段から事業開発に触れることで、自身の研究ポートフォリオを社会実装を前提に組み替えるようになる。

実は産総研は研究者の活動をどう評価するかを長く自問してきた。論文や特許の数で評価しても、それが社会課題解決や産業競争力強化につながるとは限らない。実用化の実績で評価するのはハードルが高過ぎる。産総研が評価指標を変えても、大学など学術界の評価が変わらない限り、研究者の意識改革にはつながらない問題があった。

その結果、実用志向の人間は民間企業、学術志向の人間は大学に進んできた。現在、大企業の中で研究者として生きていけるポストは減っている。多くは目の前に山積した技術課題と一心不乱に格闘する。この空白を捉え、ディープテックベンチャーは研究と事業開発を両方経験できる点をアピールし人材を集めている。

現在の学術界は実用化の経験がある研究者があまりに少ないため論文の数を競う状況に陥っている。ただ世界のトップ研究者は複数の実用化実績を抱え、論文も書く。研究者として世界のトップ層と肩を並べるためには実用化は必須になる。

産総研は新会社に事業開発のプロをそろえる。研究者は彼らの指南を受けて実用化を狙いながら基礎研究ができる環境が得られる。

実用化の可能性がない研究に一生を捧げたいと思う研究者はいない。これまでは野心的になる機会がなかっただけだ。石村和彦理事長は「その研究の目的は何か」と問う。社会実装への最短コースを用意する。(小寺貴之)

日刊工業新聞 2023年04月20日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
米国ではドクターの8割がテックベンチャーに進むと、マテリアル系の大御所に聞きました。国際学会の若手の会で講演して進路について聞いたら、みんなベンチャーだと手を挙げたそうです。研究できて、ビジネスも学べる。キャリアの選択肢を広げるためにも選ばれているそうです。テックベンチャーがいい論文を出すと企業価値が上がる環境がありました。日本はベンチャーの創出を支援しないといけない段階なので、どうしたものかと思っていました。もしAIST Solutionsがうまくいけば、この受け皿になるかもしれません。そして世界のトップサークルに入るには、研究成果が実用化された例など、少しだけど世界を変えちゃった実績が必要になります。そういう例を自己紹介のスライドに二つ三つ写真だけ載せといて、検索させてスゲーと言わせる。そんな実績が必要です。こう考えると博士を取ったら産総研で事業化を学んで、働き盛りは企業や大学など、自分を高く評価してくれる組織を渡り歩いて、本当にいい技術を見つけたら産総研に戻って社会実装までやって世界でブイブイ言わせる。絵に描いた餅のようなキャリアを夢見てしまいます。

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