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「研究だけではイノベーションを起こせない」…事業会社を設立した産総研の決意表明

石村和彦理事長インタビュー
「研究だけではイノベーションを起こせない」…事業会社を設立した産総研の決意表明

石村和彦理事長

産業技術総合研究所は社会実装を担う事業会社「AIST Solutions(アイストソリューションズ)」を設立した。研究では終わらず、社会実装までやりきるという決意表明といえる。目標は社会課題解決と産業競争力強化の両立。研究所からイノベーターを目指す新会社の挑戦について、石村和彦理事長に展望を聞いた。

―これまでは研究が本務でした。新会社設立の決断に至った背景は。
 「研究だけではイノベーションを起こせない。失われた30年を繰り返すだけだ。日本の停滞は継続的にイノベーションが起こってこなかったことが原因だ。企業は高度成長期の自前主義を引きずっている。イノベーションは異質の交わりの中から生まれる。組織を越えた異質の交わりがオープンイノベーションだ。これを加速するために新会社を立ち上げた」

―企業である利点はなんですか。
 「民間と協業するには同じ感覚とスピードで動けると組織が必要だ。また産総研だけでは人材が足りない。世の中のニーズからバックキャストして事業構想するマーケティングの専門人材を集めている。また外部機関と連携する。日本政策投資銀行やベンチャーキャピタル(VC)と話を進めている。産総研にない知見やノウハウを取り入れ、マーケティング機能を強化する」

―逢坂清治新社長の人選の意図は。
 「新会社は日本初の挑戦になる。これをやり抜ける人物がトップに必要だ。彼はTDKで20年磁気テープを売ってきて、最後は磁気テープ事業を売ってこいと命じられた。そこで得た資金で電池事業の足がかりを作った。事業ポートフォリオの転換を支えてきた人物だ。事業に精通している。内心引き受けてくれてありがたかった」

―研究者は自由な研究を望みます。実用化しやすい研究に縛られませんか。
 「これは常に議論してきた。産総研の使命は社会課題の解決と産業競争力の強化だ。そこで出口に近い研究が3割、応用は5割、基礎研究が2割という経営方針を出した。あくまで産総研全体でのポートフォリオ比率であって、個々の研究者は出口寄りの人間も100%基礎研究の人間もいる。この多様性があるから他の組織と違った社会実装ができる」

―新会社が求める人材像は。
 「これほどやりがいのある仕事はほかにない。研究開発と社会実装で日本を変えていく。この最前線に立ちたい人材を求めている」(小寺貴之)

日刊工業新聞 2023年04月18日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
産総研は研究所でいた方がいろいろ楽だったはずです。ですが社会実装までやると決め体制を整えました。さすがにイノベーションを起こすとは確約できませんが、社会実装までは責任を持って担います。産業競争力強化や社会課題解決がまず先にあって、必要な技術は開発する姿勢です。ほかの国研のミッション設定をも変える影響力があると思います。ただ、世界には先例はあって、例えばドイツのフラウンホーファー研究機構(FF)は、研究所というより技術マーケティングの組織だと言われます。産学官で技術戦略を練るための組織で、経産省も産総研をFFのように機能させたいと考えてはきました。今回、AIST Solutionsでマーケティング機能が強化され、一歩近づいたと思います。これを軌道に乗せるため、石村理事長はトップセールスをかけます。民間企業のマーケターや技術者にとっては、石村理事長と逢坂社長が二人で訪ねてきたら、やりたかった新事業を経営陣に通すチャンスです。石村理事長のトークは経営者を奮い立たせる力があります。逢坂社長のプランは経営者を得心させる緻密さがあります。自社ではやりきれないと諦めていた構想も、産総研を基点に広げてプロジェクトを組成できるかもしれません。イノベーションを起こせちゃかもしれません。

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