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「AI基盤モデル」開発競争は勝負あり?…日本は巻き返せるのか

日本の人工知能(AI)研究者が巨大な基盤モデルの開発に踏み出すかの岐路にある。自由民主党の政策提言を受け、政府では大型研究事業の組成が動き出した。ただ米オープンAIの対話AI「チャットGPT」が無償提供されるなど、巨大なモデルをめぐる開発競争はすでに勝負が付いているとの見方もある。日本は巻き返せるのか。(小寺貴之)

「基盤モデルに対し何もやらないわけにはいかない」と、自民党プロジェクトチームの平将明座長は説明する。提言は開発基盤整備や活用支援、AI規制などと範囲が広く、内閣府や首相官邸、デジタル庁、総務省、経済産業省を行脚した。これを受けて政府は各省庁からAI戦略チームを集めた会合を設置した。24日の初回会合で村井英樹首相補佐官は「関係省庁は迅速でかつ適切な対応をお願いしたい」と要請した。

チャットGPTでは大量のテキストを学習した大規模言語モデルが威力を発揮した。今後は画像や動画、音声なども学習した基盤モデルに発展していくと期待されている。

この基盤モデルを開発し運用するには膨大な計算資源が必要になる。チャットGPTと同規模のモデル開発には数百億円かかるとされる。米マイクロソフトやグーグルなどのクラウドプラットフォーマーと組まないと基礎研究も実装も難しい。そのため日本の研究者はAIの原理解明と小さな実用モデルの開発を志向してきた。

ただ米オープンAIの最新基盤モデル「GPT―4」は公開時にマイクロソフトの検索サービスに実装済みと発表された。研究用の巨大なモデルと、そこから抽出されたサービス用の実用モデルが同時に提供される。米2社は、巨大モデルの不適切生成に対処しながら実用モデルの実装を進めていた。これは年単位の時間がかかると見られていた。

検索サービスは無料だ。日本企業の多くは、今から巨大なモデルを開発しても採算がとれないとしてAPI(応用プログラムインターフェース)活用にかじを切った。東京大学の松尾豊教授は「先行者は後発組に諦めるよう仕向ける。技術の差を見て絶望するのは当然」と説明する。

日本はプラットフォーマー同士で競わせ、技術が成熟してから安く使う道はある。ただ基盤モデルの肥大化は今後10年は続くとみられる。動画や動作生成など、課題の範囲を広げると必要なモデルも大きくなるためだ。いつか始めないと、国として10年先まで不戦敗を選ぶことになる。松尾教授は「成長市場に黎明(れいめい)期の技術が現れた。20年前の日本なら難しく考えずに挑戦していた」と指摘する。

自民党提言は産業技術総合研究所のAI橋渡しクラウド(ABCI)を参考に国内計算資源の拡充を求める。参考とする英国政府のAI投資は9億ポンド(約1450億円)。同規模の事業が実現すれば後発にもチャンスはある。松尾教授は「悲観することはない。競争はまだ序盤。技術面ではブレークスルーがいくつも必要で、ビジネスモデルが確立していない産業分野の方が多い」という。今夏の概算要求が10年後を占う試金石になる。

日刊工業新聞 2023年04月25日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
基盤モデルの進化は、モジュールの組み合わせなのか、単純なモデルの巨大化なのか、研究してみないとわかりません。単純に大きくしたら性能が上がる訳ではなく、大きくしたら性能も上がる方法論が必要です。それを2020年に発表したのがオープンAIでした。研究が進んで、規模の限界が言われるようになると、大きなモデルがドカンと性能をあげる。これが2、3年周期で繰り返されていくのではないかと思います。問題設定を広げて複雑性が増せば、必ずデータ不足になって、膨大なデータを食わせるためにモデルも大きくなる。これを繰り返すのではないかと思います。この研究に日本が参入するための環境が必要で、参入しないと規模の原理を覆すことも難しいです。現在、社会の関心はAIの負の側面と規制にあるようです。AI創作物への対応は8年前にも問題提起されましたが、いい解決策は挙がりませんでした。AI創作物には著作権はありません。クリック一つでデータを生成する行為は創作といえないためです。現在は生成系AIを使った盗用や乱造で市場が壊れると画像系のクリエイターからアラートが出ています。著作権は価値を見いだされた作品を守る手段にはなるけど、市場や創作者を守ってくれる訳ではありません。今後、動画や長文、立体物などAIの生成範囲は広がります。権利団体やコンテンツ事業者がAIで武装して乱造品から創作者を守るしかないように思います。乱造技術を応用すれば乱造品の判別技術は開発できます。そうした研究を進めるためにも大型事業が成ればと思います。

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