産総研の研究成果を社会実装、新会社初代社長が描く展望
産業技術総合研究所は研究成果の社会実装を進める事業会社の「AIST Solutions」を設立した。オープンイノベーションの強化や新規事業創出に取り組む。初代社長に就任した元TDK専務執行役員戦略本部長の逢坂清治氏に展望を聞いた。(小寺貴之)
―産総研の強みと新会社の事業領域は。
「産総研が保有する技術資産は素晴らしく、産学連携の関係性もしっかりしている。理事長が先頭に立って企業トップにオープンイノベーションを提案している。新会社はエナジーソリューションやサーキュラーエコノミー(循環型経済)などの領域でオープンイノベーションを仕掛け、バリューチェーンの構築やスタートアップ事業創出も展開する。マーケティングもオープンイノベーションで進めたい」
―具体的なアプローチは。
「例えば技術の成熟度は7割程度でも、市場に出し、ユーザーの評価を得て成熟させていく。同様にビジネスモデルが完璧でなくてもステークホルダーと磨いていく道がある。技術とビジネスモデルを組み合わせて提案し、お客さまと共創していこうと考えている」
―新会社のトップを引き受けた経緯は。
「産総研の石村和彦理事長とはTDKの専務と社外取締役の関係だった。石村理事長の剛速球を私が必死に受け止める。千本ノックのような状態が7年間続いた。新会社の打診を受けたときは、しがない部品屋の自分にはこんな大それた仕事はできないと思った。TDKはいわば産業の底辺に位置する。電子部品一つ一つは砂利のような扱いだ。ただ底辺から見上げるといろんなものが見えてくる。底辺だからこそ、いろんな会社が手を差し伸べてくれる。我々はお客さまの事業を強くするための提案を必死に考える。こうした経験は生かせると考えた」
「そして半年かけて産総研の中を見せてもらった。これで産総研の強みは三層あると理解した。まず保有する技術資産はすばらしいものがある。二層目として優れた企業との共同研究がしっかりとある。産学連携の関係性はできている。三層目はオープンイノベーションだ。理事長自ら企業のトップに提案している。ここが日本の産業界が世界と違う部分だと感じてきた。日本は企業の垣根を越えたオープンイノベーションが苦手に見える。産業のデジタル変革(DX)もエネルギー・トランスフォーメーション(EX)もさまざまな技術を組み合わせなければ実現できない。日本がオープンイノベーションで成長していくために産総研は重要なポジションにいる。こうして産総研を知る中で自分の中で自信や確信が湧き、引き受けることになった」
-コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)での経験は生かせますか。
「日本のCVCは協力体制がとれており、お互いに成功事例を交換している。各社、知見が少ない事業領域に挑戦しており、助け合える部分は助け合ってきた。このつながりは新会社でも生かせるだろう。また世界のVCと組んでいきたい。例えば米国の配送ロボのベンチャーでは適用範囲を大学のキャンパスに絞ることで機体のコストを下げ、収益を確保していた。研究者の食堂まで行く時間や店員に払うチップを節約したいというニーズを最小限の機能で叶える。大学にとってはキャンパスが未来のショーケースになり、知名度向上につながる。こうした発想を、数字を積み上げてステークホルダーを説得していく。技術もマーケティングも自前主義に陥らず連携していきたい」
―求める人材像は。
「約150人で始動する。社内では失敗を恐れて行動しないことは許されない。挑戦した結果の失敗は明日への力になると鼓舞している。我々の取り組みはオープンイノベーションの中でも難しい挑戦。自ら道を切り開ける人材を求めている」
―産業界の未来は。
「この仕事を引き受ける上でどんな日本を作りたいのか考えさせられた。私の原点は子どものころ鉄腕アトムで見た科学技術でキラキラ輝く社会への憧れにある。日本は米国や中国ほどの市場の大きさはないが、科学技術がある。正々堂々、科学技術で自立し尊敬される国になりたい。その主役は企業だ。我々はそれを支えられる」