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大手商社が新事業「SAF」に注力、それぞれの戦略

大手商社が新事業「SAF」に注力、それぞれの戦略

米ランザジェットのパイロットプラント

大手商社が持続可能な航空燃料(SAF)事業を積極的に展開している。石炭・石油関連は今後、縮小が見込まれることから、エネルギー部門の新しい事業の一つとして注力する。三井物産三菱商事はエネルギーの自給自足の観点から国産化を進める。すでに伊藤忠商事は海外企業からの調達を開始。丸紅は海外調達とともに国産化にも取り組む。(編集委員・中沖泰雄)

エタノールで国産化

企業のカーボンニュートラル温室効果ガス〈GHG〉排出量実質ゼロ)に対する取り組みが問われる中、大手商社は先行して石炭権益の売却や石炭火力発電事業からの撤退などを進めていた。各社の脱炭素化の動きが加速する中で、化石燃料の穴を埋める燃料の一つがSAFになる。

航空業界でSAFの導入が進んでいる。国際航空運送協会(IATA)は2050年までに二酸化炭素(CO2)排出量を実質ゼロ(ネットゼロ)にする目標を掲げる。日本政府も30年までに国内の航空会社が使う航空燃料需要の約1割をSAFにする方針だ。

三井物産は17―18年に世界のSAF技術を調査し、パートナーに選んだのが米ランザジェット(イリノイ州)だ。実証実験で航空会社に供給した実績がある。エタノールを原料に触媒反応を通じてSAFを生産する技術が決め手となり、20年に資本業務提携した。

廃食油などを原料とする生産手法もあるが、燃料用に需要が増加しており、将来は需給が逼迫(ひっぱく)する可能性がある。これに対し、エタノールの全世界の生産量は約1億トンで、安定調達が可能。しかもエタノールは三井物産にとって50年以上の取り扱い実績がある化学品だ。

現在、同社はブラジルを中心にエタノールを輸入しており、日本の飲料メーカーに供給。日本のエタノール市場は年間70万キロ―80万キロリットルで、同社のシェアは40―50%だ。大量調達によるコストダウンも期待できる。

エネルギーの自給自足の観点からコスモ石油と国内でSAF製造の事業化を共同で検討。原料は短期的には実績と輸出余力があるブラジル産サトウキビ由来のエタノールだ。中期的には製油所排ガスや植物残渣などの廃棄物由来の国産エタノールに切り替える。今後、三井物産はランザジェットと欧米でSAFプラントの建設も検討する。

三菱商事もENEOSなどと次世代燃料の事業化を共同で検討している。その一方で脱炭素技術の社会実装を進めるプログラム「ブレイクスルーエナジーカタリスト(BEC)」に5年間で1億ドルを出資する。

BECはマイクロソフトの創業者であるビル・ゲイツ氏が、15年に設立したブレイクスルーエナジーが、21年に立ち上げたプログラム。三菱商事によると、アジア域内の企業としてのBECへの参画は初めて。

同プログラムはSAFやクリーン水素製造・関連インフラ構築、長期エネルギー貯蔵、直接空気回収の4分野を中心に投資を進める。研究開発を終えた技術を用いたプロジェクトを対象にしているのが特徴で、三菱商事はカーボンニュートラル社会への移行・実現には、新技術とイノベーションの活用が必要不可欠と判断した。

フィンランド社から調達

フィンランドのネステ製SAFの給油を受けるジェット機

国産だけでは需要をカバーしきれないと予測し、事業を進めるのが伊藤忠商事だ。パートナーは世界最大の再生可能資源由来の燃料メーカーであるフィンランドのネステ。

13年から取引があり、20年に伊藤忠は調達したSAFを初の商用飛行用として全日本空輸(ANA)に供給した。22年にはネステと日本市場向け独占販売契約を締結し、航空会社への供給を進める。さらに国土交通省が始める実証事業に参画する。SAFの原料「ニートSAF」をネステから輸入し、国内の製油所で航空燃料と混合して航空機に給油するという実証。混合SAFに比べて少量の輸送で済むことから、脱炭素化とコストダウンにつなげる。

ネステも需要の増加を見越し、オランダとシンガポール工場を増強する計画で、生産能力は19年の10万トンから23年に150万トン、26年に220万トン体制にする。さらに原料に使用する廃食油などが燃料用に需要が増え、不足する懸念があることから、木質残渣や都市ゴミ、藻類など原料の多様化を進める。

米社と提携、可燃ゴミ原料に商業生産

SAFの原料となる合成原油の商業生産を始めた米フルクラム・バイオエナジーのシエラ工場

丸紅は18年に可燃ゴミを原料にSAFの商業生産を目指す米フルクラム・バイオエナジー(カリフォルニア州)と資本業務提携した。可燃ゴミからSAFの原料となる合成原油の商業生産を米国ネバダ州のシエラ工場で始めた。これを精製すると、ほぼ同量のSAFが生産できる。

26年までにイリノイ州とテキサス州で、時期は未定だが英国でも生産プラントを稼働する。航空業界を中心に供給先も決まっており、今後、プラントを展開し、年間150万キロリットル(4億ガロン)の生産体制を構築する。

フルクラムの技術を活用し、日本航空(JAL)とENEOS、大栄環境グループと共同で、日本でのSAF生産と販売サプライチェーン構築の検討を進める。可燃ゴミを回収し、自治体から処理手数料を受け取ることで、価格を抑えられる可能性がある。

割高な価格への消費者理解不可欠

SAFの課題としては既存の燃料と比べると「3―5倍高い」(ネステ)ことだ。世界的に需要が増加することが予想され、量産効果も期待できるが、この価格差を埋めるのは難しい。普及させるには企業努力では限界があり、政府の支援も必要になる。

だが、事業活動によるGHG排出量だけではなく、サプライチェーン(供給網)全体の排出量を踏まえたカーボンニュートラルを実現するために必要なコストを考えると価格差は縮まる。社会を挙げてカーボンニュートラル化を進める中で、運賃が高くてもSAFを燃料とする航空機に乗るビジネス客や旅客は一定数はいるだろう。

購買行動に影響を与える可能性があり「単純な価格だけではない」(三井物産)ということになる。最終ユーザーにSAFを理解してもらうことも普及のカギを握る。

日刊工業新聞 2023年01月06日

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