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「原燃料」地政学リスク再燃…脱炭素へ激化する資源確保の攻防

原燃料の調達などをめぐる地政学リスクが再燃している。欧米の金融不安を背景に3月に一段安となった原油相場は、4月に産油国の追加減産の発表を受けて急反発した。脱炭素技術に必要なレアメタル(希少金属)確保に向けては米欧で法制度の整備が進むほか、中国は上流の開発・生産投資で世界シェアを高める見通し。脱ロシアなどに伴う相場高騰がピークアウトする裏側では、脱炭素へ向けて歳入や資源の確保をめぐる攻防が激化している。(編集委員・田中明夫)

原油 追加減産決定で急反発

2022年に高騰した原燃料相場が大幅に調整している。脱ロシアで逼迫(ひっぱく)した液化天然ガス(LNG)は欧州の暖冬を受けてピーク比8割安まで下げたほか、電気自動車(EV)の電池に使うリチウムは中国需要の失速で同7割安に沈んだ。

一方、ニューヨーク市場の原油先物は3月に一時同5割安の1バレル=65ドル近辺に下げたが、4月に入り同80ドル近辺へ急反発した。石油輸出国機構(OPEC)とロシアなどでつくる「OPECプラス」が23年末まで日量200万バレルの協調減産を実施する中、一部参加国が追加減産を決めたためだ。

主導役のサウジアラビアなど有志8カ国が5月から23年末まで同約116万バレルの自主的な追加減産に踏み切る。脱炭素に備え「(代替エネルギーなどへの)大きな支出計画を持つ産油国は今のうちに(相場を支えて)収入を確保したい気持ちが強い」(日本エネルギー経済研究所の小山堅専務理事・首席研究員)との見方がある。

だが、原油高はインフレを再びたきつけるほかロシアの戦費調達を支援しかねず、西側諸国の利害と対立する。バイデン米政権は早速2日の声明で追加減産は「賢明でない」と反発し、サウジとの関係悪化が懸念される。21年に米政府が、18年のトルコでのサウジ著名ジャーナリスト殺害事件にサウジのムハンマド皇太子が関与したと結論づけて以降、両国間では不穏な空気が漂う。

一方、中東で存在感を高めているのが中国だ。3月には中国の仲介でサウジ・イラン間で外交正常化が合意された。

原油の中東依存度が95%と高い日本にとって今回の合意は複雑だ。「地政学リスクの後退は好ましい方向であり、中東和平の安定化という意味でも前向きに評価したい」(石油連盟の木藤俊一会長〈出光興産社長〉)との声があるものの、背後には西側諸国と中国など新興国との対立構造が影を落とす。

米国ではシェールオイル増産で原油のサウジ依存度が下がり、中東戦略の優先度が下がる一方、日本は22年末に水素や燃料アンモニア分野の協力でサウジと覚書を交わすなど外交を積極化している。国際エネルギー秩序の維持に向けて、米欧と新興国の橋渡し役を担える日本が「どう貢献していけるかどうかも大事な問題」(小山氏)となっている。

LNG 予断許さず 日本、需要見極めに戦略必須

22年に高騰したLNGをめぐっては、欧州の暖冬で国際需給が緩んだことで冬場を乗り切れたが、予断を許さない。米国などのLNGプロジェクトの稼働で本格的に供給余力が増えるのは20年代後半となるためだ。

22年は中国が、景気不調や高値転売を背景にLNG輸入を減らしたが、23年は新型コロナウイルス感染対策の緩和で輸入量を増やす可能性もある。大阪ガスは通常、不足分をスポットで補う前提で調達を計画するが「供給途絶を避けるため23年度の調達はあらかじめ余裕をもって臨む」(藤原正隆社長)という。

また長期調達では、中国企業による20年以上の購入契約締結が22年に米国で相次ぐなど暗雲が漂う。直近ではINPEXや伊藤忠商事が米国産の長期契約を交わしたが、業界では不安も根強い。「自国に石炭やガスがある中国は、LNGを欧州などに柔軟に売却できるため大量契約を結べるが、原発稼働が読めず資源も乏しい日本は、需要見通しが立てにくく転売の柔軟性も欠くため長期で買いづらい」(国内商社)と構造的課題を抱える。

中国は実際、22年のLNG輸入量を前年比2割減の6344万トンに抑える一方、石炭生産量は同1割増の45億トンとし、エネルギー確保の柔軟性を示した。日本は長期の電源構成に道筋をつけてLNG需要の確度を高めるなど、エネルギー戦略の練り直しが急がれる。

希少金属 米欧で供給網再構築

EV用リチウムイオン電池(LiB)の正極材に使うリチウムは、中国の22年末のEV補助金の終了などを受けて相場が急落した。当面の需要不安が強まり、同じく正極材料となるニッケルやコバルトも上値が重い。

一方、長期のEV需要の拡大観測は揺るがず、中国は原材料の供給網で一段と存在感を発揮する見通しだ。国際エネルギー機関(IEA)の1月公表のリポートによれば、世界の30年までの発表済み投資計画に基づく資源加工能力の増加分のうち、中国はリチウムとニッケルで60%、コバルトで95%を占める。

ただ、50年の温室効果ガス排出量を実質ゼロとするシナリオで30年に必要とされる世界の加工能力とは、依然としてギャップがある。リチウムとコバルトでは30%前後、ニッケルは60%足りず、逆に言えば「このギャップを埋めるのに、日米欧が市場に関与する余地は残されている」(日本エネルギー経済研究所の坂本敏幸理事)。

米欧ではEVに使う原料の域内調達などを促進する法制度の整備が進められており、3月末には日米間で「重要鉱物サプライチェーン強化協定」が締結された。日本は、加速する供給網の再構築に積極的に食い込むことが不可欠になっている。

日刊工業新聞 2023年04月14日

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