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日本の「リチウムイオン電池材料」復権なるか、左右する北米EV市場の行方

日本の「リチウムイオン電池材料」復権なるか、左右する北米EV市場の行方

三菱ケミカルグループの米電解液工場

日本のリチウムイオン電池(LiB)材料にとって、北米の電気自動車(EV)市場は復権をかける場となりそうだ。材料各社が生産拡大計画を相次いで打ち出しており、旭化成は米国での湿式セパレーター生産に向け、詰めの調整を急ぐ。三菱ケミカルグループは米国で電解液の生産能力を2倍超にする。米国ではEV普及と供給網の構築を促す米インフレ抑制法(IRA)が成立。電池材料の需要増加に加え、競合の中国企業の勢いが抑えられることも予想され、日本企業の商機につながる。(梶原洵子)

供給網構築広がる

「湿式セパレーターは必ず勝てる。北米で最低でもシェア20%を狙う」。旭化成の工藤幸四郎社長は3月、2023年3月期の当期損益が1050億円の赤字(前期は1618億円の黒字)となる見通しを発表した場で、こう強気に語った。

というのも、巨額赤字は15年に買収した乾式セパレーターなどを展開する子会社の米ポリポア・インターナショナルの「のれん」減損が要因。湿式セパレーターの成長期待は高まっている。湿式の成長を追求して自由に事業運営を行うため、不振の乾式セパレーターとの一体運営を解消する。これに伴い減損テストを行った結果の当期赤字だが、会計上の処理であり、償却の前倒しにもなる。

湿式と乾式の違いは膜に細孔を空ける時に溶剤を使うか否かによる。製法の違いから湿式は膜厚が薄く、電池の高容量化に貢献できる。具体的には、車室空間を確保しながら航続距離を延ばすには、LiBは体積当たりの容量を上げる必要があり、正極材はニッケル・コバルト・マンガンを使う3元系が合う。このLiBはより多くの3元系正極材を充填するため、無機物をコーティングした薄い湿式セパレーターが選ばれており、湿式への期待は大きい。

米国ではIRA成立後、電池供給網を構築する動きが活発化している。だが、米国に湿式セパレーターの工場はなく、「新設計画を公表したのは上海エナジー(中国)のみだが、なかなか進んでいないようだ」(工藤社長)。旭化成は23年度の早期に湿式セパレーターの米国生産を決定し、26―27年の工場稼働を目指す。先陣を切りたい考えだ。

三菱ケミカルグループは、米国テネシー州の工場では12月に工事を完了し生産能力を従来比2倍強の年約3万6000トンに引き上げる。同社は高性能添加剤を強みに車載用途を中心に世界で販売を拡大する方針で、北米は主要な市場だ。現在、複数件で顧客による認証作業が進んでいる。供給対応のため、米国のほか日本でも生産能力の増強計画を持つ。

UBE(旧宇部興産)は、米国でのLiB電解液原料の生産に向け、ルイジアナ州を候補地に最終検討を進めている。23年度上期にも建設を最終決定し、25年度下期の稼働を目指す。製造するのは電解液の溶剤の主要成分であるジメチルカーボネート(DMC)とエチルメチルカーボネート(EMC)だ。

現在、DMCやEMCは米国で生産されておらず、日本や中国からの輸入に頼っているため、現地生産が強く求められている。

UBEにとって米国でのDMC製造は、現地のLiB需要に応える以上の意味がある。DMCは同社が一酸化炭素(CO)を原料として製造する「C1ケミカル」製品群の川上に位置する化学品で、日本ではDMCのほか、それを原料とした高級ポリウレタン原料や環境に優しい塗料原料など幅広い製品を生産している。米国にDMC工場ができると、将来事業を広げる土台になり得る。今後、付加価値の高い化学品で成長し、事業構造改革を進める上で、「米国のC1ケミカル拠点は重要なポイント」(泉原雅人社長)となる。

米でIRA成立、競争環境変化

日本のLiB材料メーカーが北米市場に期待する理由は、22年8月に米国で成立したIRAだ。ユーザーがEVを購入する際、電池部品や原材料の現地調達比率に応じて税額控除を受けられるほか、電池などの主要部材の現地生産も優遇策を受けられる。これが今、北米のEV市場の拡大やLiB供給網の構築を強力に促している。

日本のLIB材料はかつて世界をけん引していたが、中国でLiBの生産が拡大してくると、中国の材料メーカーが自国の巨大市場と国や自治体からの補助金を背景に生産を急速に拡大。今では中国が価格競争力で世界を席巻している。

日産はミシシッピ州の工場で新型EV4種を生産する計画

だが、IRA成立により北米市場では現地生産が求められ、中国生産の安価なLiB材料は入ってこられない。日本企業と中国企業の競争条件は同じになり、現在の中国企業の勢いは削がれる。現時点では推測の域を出ないが、米中の対立状態も影響する可能性がある。

また、北米では日本の完成車メーカーが高いシェアを持ち、EV生産計画を活発化させている。こうした一連の北米の市場環境が日本勢の追い風になる。

誘致合戦、世界で激化

米IRAの成立後、世界のEV・LiB供給網の誘致競争は激しくなっている。

米国や中国、欧州が市場拡大の中心で、日本のLiB材料メーカーにとって中国市場は難しいが欧州は有望な市場だ。三菱ケミカルグループは英国に電解液の生産拠点を、東レはハンガリーにLG化学との折半出資でセパレーターの生産拠点を持つ。

欧州のEV・LiB優遇策は米IRAと比較されることも多い。米IRAは企業の戦略に影響し始めた中、今後、欧州の動向を注視する必要がある。

三菱ケミカルの迫直樹電池材料事業部長は「地域戦略は練っているところだ。米IRA成立により、米国では中国の影響が削がれて事業をやりやすく、優先度が高い」と話す。そもそも欧州と米国は市場拡大のペースが急激なため、「全て自前で生産するのはリスクがある」(迫事業部長)とみている。外部委託も積極的に活用する。欧州には中国企業がすでに進出しており、委託先候補にもなりうる。

同社はUBEと電解液事業を統合し、電池の性能向上に寄与する添加剤技術に一層磨きをかけている。世界では、ライセンス供与や委託製造を含めた合わせ技で電解液のシェアを25年に25%(21年13%)へ引き上げ、反転攻勢をかける。

この数年、欧州グリーンディール政策や米IRAで、世界のEV・LiB市場は大きく変わった。各国にとってEVは環境だけでなく経済成長の面で重要だ。揺り戻しや遅れはあっても、白紙に戻ることはないだろう。企業側は激しい変化を見極め、成長の波に乗る必要がある。


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日刊工業新聞 2023年04月07日

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