印刷インク世界トップシェアのDIC社長の経営哲学
「印刷インク事業が安定的なキャッシュフローをもたらし続ける時代ではなくなる」。DICの猪野薫社長は将来の見通しをこう語る。紙媒体や印刷市場の縮小で、国内を中心に印刷インクを取り巻く事業環境は変化した。世界トップシェアを握る同社は危機感ともいえる意識を色濃くし、経営方針にもさまざまな面で影響を与えてきた。
社長就任翌年の2019年から経営計画を通じて「Value Transformation(事業の質的転換)」、新事業創出を目指す「New Pillar Creation(新事業創出)」を基本戦略として示した。サステナビリティーな世界への貢献も視野に「ポスト・インク」を求め、社会価値を高めていけるような事業に転換させていく姿勢を明確化。独BASFの顔料事業など複数の大型買収を実行してポートフォリオ強化するとともに、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を通じて新たな事業基盤の獲得を推し進めた。
管理畑を中心に歩んだが、インドネシアやシンガポールへの赴任経験を持つ。「海外駐在で同じ経理でも実際の事業を目の当たりにしたのは、すごくエポック・メーキングだった」と振り返る。商慣習や文化の違いを肌で感じるとともに、多様性の強みを実感した。「アジア諸国では女性が輝いて活躍をしており、日本は珍しい存在。文化的な違いもあるが、化学メーカーは男の集まりと言われる環境を変えていきたい」と女性活躍など個を輝かせる施策の重要性も意識づけている。
海外展開を加速する中、グループの強みや特徴を「個の多様性の結集」と表す。「世界64カ国に有能な人材がいる。経営トップが方向感を示すことで多様性が生かされ、多くの方々とのエンゲージメント向上に結びつくかを意識している」。海外での事業経験などがトップとして組織ダイナミズムにどう向き合うかを規定させていった。
脱炭素などの流れで、素材化学産業を中心にさまざまな形で事業転換が迫られる企業は少なくない。サプライチェーン(供給網)や、サステナビリティーの観点などから化学メーカーが社会に対して負う責任も増す。今後はM&A(合併・買収)事業の実績化とともに、素材技術を通じた社会課題解決の提案を強化する方針。「利益体質は改善されたがマクロ環境の変化をしのぐ力はついていない。これを実現させることが残された課題」とし変革を成長につなげるべく、ビジョンの具現化にとりかかる。(大川諒介)
【略歴】いの・かおる 81年(昭56)早大政経卒、同年大日本インキ化学工業(現DIC)入社。12年執行役員、16年取締役常務執行役員、18年社長。千葉県出身、65歳。