クラフトビール人気追い風、活発化する「国産ホップで勝負」
クラフトビール人気を背景に、ビールメーカーによる国産のホップを生かした商品開発が活発になっている。輸入ホップと異なり、生で使用できビールを大きく差別化できるため、自社で栽培するクラフトビールメーカーも増えている。国産の農作物を活用することは、食料安全保障の側面からも国益にかなう。ただホップを生産する農家は後継者不足などから年々減少しており、生産拡大には課題も多い。(高屋優理)
独自開発品種、商品を高付加価値化
サッポロビールは独自開発品種のホップ「ソラチエース」のみを使用したビールブランド「SORACHI 1984」から「DOUBLE」を25日に発売した。
ホップは麦汁に加えることで、香りや苦みを生み出し、ビールに個性を与えることができる。ソラチエースはサッポロが開発したホップで84年に品種登録をしたが、ヒノキやレモングラスのような独特で強い香りがネックとなり、日本市場では受け入れられず、商品化に至らないまま「塩漬け」になっていた。
だが、2000年代に米国のホップ生産者が独特の香りに目を付け、当時、市場を広げつつあったクラフトビールメーカーに売り込んだことで、サッポロが知らぬ間に日の目を見た。同社はその評判を聞き逆輸入。商品開発に着手し、16年に電子商取引(EC)限定で瓶のソラチ1984を発売した。さらに改良を進め、19年に全国での通年販売にこぎ着けた。
ソラチエースは栽培の難しさもあり、日本ではほとんど栽培されておらず、ソラチ1984に使用しているのもほぼ米国産だ。サッポロはソラチ1984で使用するソラチエースの全量を国産で賄うことを目指し、20年から北海道上富良野町の提携農家で栽培を始めた。25日に発売したDOUBLEには一部、国産のソラチエースを使用している。とはいえ、足元のソラチエースの収穫量はごくわずか。サッポロの新井健司氏は「ビールメーカーとしてはまず、国産ホップを使ったビールの市場を確立することが先決」と優先順位を示す。
クラフトビール大手のヤッホーブルーイングは、15年に長野県軽井沢町の本社敷地内に米国品種「カスケード」とソラチエースの苗を植え、ホップの栽培を始めた。ソラチエースはうまく育たなかったが、カスケードは収穫に至り、16年に5キログラムを収穫。同年には地元企業のグリーンフィールドと連携し、30平方メートルの畑に植え替えた。植え替えで一時的に収穫量が減少したが、19年には30キログラムに増え、ビールの原料として使用し始めた。
ヤッホーブルーイング軽井沢営業ユニットディレクターの宮越裕介氏は自前の国産ホップのメリットを「生ホップを使うことで、独特のフレッシュさと地元軽井沢のフレーバーをつくることができる」と話す。
一般的に輸入ホップは新鮮さを維持するためペレット状に加工されるため、生ホップ特有のみずみずしさは失われてしまう。ヤッホーブルーイングのようにホップを自前で栽培するクラフトビールメーカーは増えつつある。新井氏は「国内では個性あるフレーバーホップを中心に生産し、高付加価値化していく必要がある」と話す。価格競争力が弱い国産ホップの市場を広げるには、癖のある尖ったホップを作り差別化することがカギになる。
サッポロではまず、国産ホップをコンセプトにしたビールの市場をつくり、作り手の収益性を担保しながら、提携農家の増産や新規参入を促す絵を描く。一方で、栽培しやすく、個性のあるホップの品種開発にも力を入れ、「フラノマジカル」「フラノスペシャル」などの新品種の栽培を拡大している。
ヤッホーブルーイングは21年まで生ホップを使ったビールは飲食店向けの樽(たる)のみだったが、22年は40キログラムに収穫量が伸びたことで、缶の製造も開始。4日に数量限定で発売した「クラフトザウルス フレッシュホップエール2022」は即完売となった。
確かな人気を得ているが、宮地氏は資金面などから「これ以上の増産は難しい」と話す。増産には畑を増やすだけでなく、冷凍保存設備などの投資が必要となり小規模メーカーには重い。宮地氏は「ホップ農家と連携して農機や設備などを借りることができれば、やれるかもしれない」と可能性を示す。
後継者不足で生産減少 栽培難しく、収穫は夏季のみ
21年の日本のホップの生産量は171トン。生産農家の減少に歯止めがかからず、08年の3分の1にまで減少している。世界では13番目だが、上位の米国やドイツの1%にも満たない。ホップは栽培が難しく、収穫は夏季のみ。農業の大規模化のハードルが高い日本では農機の開発や導入も遅れ、効率化も進んでいない。
サッポロの契約農家でホップを生産する大角友哉氏は「手間がかかる割にもうからない」と話す。大角氏はコメを中心に生産する。ホップだけでは経営が成り立たないのが現状だ。国産ホップの価各は外国産の約3倍と価格競争力も低い。結果的に日本のビールメーカーはほとんどを輸入に頼り、生産量が減少するという悪循環に陥っている。
自治体と連携で産地育成
キリンビールは国産ホップの7割を購入し、毎年11月に「一番搾り とれたてホップ」を期間限定で発売するほか、クラフトビール「豊潤496」に独自開発品種「IBUKI」を使用している。
同社の国産ホップにおける取り組みの中心は自治体などとの連携による産地育成だ。岩手県遠野市では18年に農業法人に出資し、栽培の省力化や効率化を進めるほか、新規就農を促進。2年間で7人の新規就農者を獲得した。秋田県横手市と連携協定を結び、栽培面積や収穫量の維持に取り組んでいる。同社企画部の平田広介氏は「ここ数年で行政も課題を認識し同じ方向を向けている」と話す。高齢化や過疎化に悩む自治体と、ホップを通じた地域活性化に取り組むことで国産ホップの生産の維持、拡大につなげている。
クラフトビールメーカーを中心に個性的で新鮮なホップへのニーズは高まっている。だが、日本の農業が抱える課題はホップにも及び、生産量の減少は続く。自ら栽培するクラフトビールメーカーも増えつつあるが、いずれも小規模に止まり、トレンドを変えるには至っていないのが現状だ。メーカーにとって原料調達は競争領域でもあるが、その壁を越えて連携し、メーカー、行政、生産者が一体となって取り組むことが、国産ホップ復活に求められそうだ。