ニュースイッチ

“巨大な蓄電池”揚水発電を支えるAIの実力

保守員の勘所をデジタルに反映
“巨大な蓄電池”揚水発電を支えるAIの実力

AIが異常の予兆判断したナットの状態を実際にセンサーを付けて確認している(下郷発電所)

電力の需給逼迫(ひっぱく)時、大規模停電を防ぐ最後の砦(とりで)は揚水発電だ。夜間に上ダムに水をくみ上げておき需要に合わせて発電する“巨大な蓄電池”だ。一方、ダム式水力発電所は発電時に二酸化炭素を排出しない貴重な再生可能エネルギーのベースロード電源。Jパワーはこうした水力発電所を設備故障で停止させないために、人工知能(AI)によるビッグデータ分析を開発、故障に至る極めて早い段階の兆候を検知する予兆保全に取り組む。

福島県下郷町にある揚水発電の下郷発電所を社内のデジタル特区と位置付け、AI分析を先行する。地下60メートルにある4基の発電機を点検する作業者は、ウエアラブルカメラとモバイル端末を携帯。設備の気になる点を動画で事務所や、東日本の水力発電所を統括制御する東地域制御所(埼玉県川越市)と共有し判断する。こうした目で見る点検に加えて、1台の発電機あたり約1000点、計4000点のデータを毎日、自動収集し東地域制御所のサーバーに送信する。

AIを用いた分析ツールが前日の運転データを診断し健全性を確認、普段の状態との差から異常の兆候がある箇所をリストアップして発電所に戻す。「10人の保守要員で4000点はとても見られない。AIが判断したデータから何を見ないといけないのかの気づきが得られる」と林義一郎水力電気室統括マネージャーはいう。また長年の保守の経験から、故障を起こす何日前からデータにどんな変化が起きるのか、その勘所をデジタルに反映させる。この作業を繰り返すことで分析モデルの精度を向上させ、より正確な診断が可能になる。

分析ツールの構築には内外の多くのベンダーのソフトを試し、YEデジタルの「MMPredict」を導入した。ただ、社内の細かなニーズや新たな分析のトライにはどうしても制約が出てくる。「技術を第三者に委ねず自社で持っていることが重要」(林氏)とオープンソースのオートエンコーダを活用したシステムも開発した。よく起きる故障や気になる箇所の分析モデルを登録し、事例の蓄積を踏まえ設備の弱点を見える化する。こうした機能拡張や分析モデルの向上で、自社の設備に最適な予兆保全を実現した。

開発した予兆保全の仕組みは、2024年度から全国61箇所のすべての水力発電所に導入する。需給逼迫が社会課題となる中で「止まらない水力発電所」を目指している。(編集委員・板崎英士)

日刊工業新聞2022年9月30日

編集部のおすすめ