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コロナ禍で落ち込んだ鉄道需要、「サイクルトレイン」で復権なるか

コロナ禍で落ち込んだ鉄道需要、「サイクルトレイン」で復権なるか

専用カバーをかけて自転車をそのまま座席横に載せて運ぶ

和歌山県の紀勢線一部区間で来月から

JR西日本は10月から和歌山県の紀勢線一部区間で、定期特急列車「くろしお」の車内に自転車を分解せず持ち込めるサービス“サイクルトレイン”を始める。コロナ禍で利用が落ち込んだ鉄道の需要喚起が狙い。地方では公共交通離れが進んで事業者の経営は厳しく、閑散線区は存続の危機に瀕している。地域活性化と鉄道の利用客を回復させるため、官民一体で流動を創造する取り組みが、今求められている。(南大阪支局長・小林広幸)

JR西の和歌山支社は2021年9月から利用の少ない紀南地域で、通学時間帯を除く普通列車に自転車を混乗できるサイクルトレインの運行を始めた。紀伊半島の長い海岸線に沿って並走する道路と鉄道。風光明媚(めいび)な景観も、視点の高さが変われば違って見える。

和歌山県は、県内に800キロメートル超のサイクリングルートを整備し“自転車王国”を自称する。果たして、サイクリストが列車で移動するのか。仁坂吉伸県知事は「当初は、半信半疑だった」と振り返る。アイデアを耳にして「試行でなく、ぜひ毎日走らせてほしい」と注文したという。

JRでは通常、自転車を輪行袋に入れて携行するルールだ。自転車をそのまま乗せることは、ホームや車内、他の乗客の安全を阻害しないか。西本社には当然、抵抗もあった。それでも、利用者を1人でも増やしたい、という現場の熱意と工夫が実現へと動かした。

紀勢線サイクルトレインは1年目、20年度の1日平均輸送人員が約600人の線区で、累計約6000人の利用実績。利用できる列車や区間を広げ、階段のある駅ホームにはスロープを設置するなど少しずつ環境整備を進めてきたこともあり、認知度は高まった。

和歌山支社の松田彰久副支社長は「鉄道のハードルを下げて、普段、乗らない人に(鉄道利用に)戻ってきてほしい」と、取り組みの意義を話す。利便性を再認識してもらい、移動手段の選択肢として“鉄道”が復権を果たせば、利用回復につながるとの見立てだ。

急ぎ取り組む必然性もある。紀伊半島を一周する高速道路整備が進むと、県内の都市間移動や広域観光も、自動車交通へのさらなるシフトが見込まれる。一方で好機も迫る。串本町では、年内にも小型衛星を宇宙に運ぶロケット打ち上げが始まる。発射時には多くの見物客が想定され、鉄道は大量輸送機関として送客が期待される。

JR西は合理化の一環で、10月から支社機能を再編する。和歌山支社も間接部門を中心に、大阪の近畿統括本部に集約されるが、地元との調整役を担う地域共生の部署は引き続き支社に残る。全国各地の鉄道が直面する最重要課題は需要創出。今ある資産を、どう有効活用できるか。現場にも柔軟な発想と行動力が求められている。

日刊工業新聞2022年9月27日

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