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加齢・障がいで移動あきらめる人を技術で減らす、自動車メーカーが絞る知恵

加齢・障がいで移動あきらめる人を技術で減らす、自動車メーカーが絞る知恵

異常が続く場合は、システムが車を安全な場所に移動する(マツダの「コ・パイロット」)

高齢者の運転ミスによる事故が課題となる中、免許返納を後押しする動きが強まっている。5月に施行した改正道路交通法は、75歳以上で一定の交通違反歴がある人に免許更新時の運転技能検査を義務付け、不合格の場合は更新できないようにした。一方で国立長寿医療研究センターの調査では、運転をやめた高齢者は行動範囲などが制限されることで、運転を続ける高齢者と比べ要介護状態になるリスクが約8倍に増えるという。加齢や障がいなどで移動を諦める人を技術によって減らすことはできないか。自動車メーカーなどは知恵を絞っている。(江上佑美子)

【安全運転サポート技術】デバイスで体調変化把握

「マツダ車を運転する高齢者の健康寿命を伸ばしたいと本気で考えている」。マツダの吉岡透統合制御システム開発本部エキスパートエンジニアは、こう力を込める。マツダは高度運転支援技術(ADAS)「コ・パイロット」を開発し、2022年に発売した車両から順次導入している。

ドライバーの姿勢や目の動きをカメラなどで検知。異常が続く場合は自動運転システムが作動し、車を路肩に寄せて止める。「年齢にかかわらず、運転によって身体を使う機会を提供」(吉岡氏)した上で、システムの支援による安全な移動を実現するのが狙いだ。

ドライバーの視線などを監視し異常を検知(マツダの「コ・パイロット」)

ホンダは9月に、高齢ドライバーの運転能力に関する共同研究をエーザイなどと始める。高齢ドライバーの体調をウエアラブルデバイスで、認知機能をエーザイが開発した診断ツールで把握する。ドライブシミュレーターでハンドルやペダルの動作を計測し、これらの関係性を検証。個々の状態に合った安全運転の方法を示すことを検討する。

「ホンダが以前から高齢ドライバーの安全に関する研究に取り組んでいた点が、今回の連携につながった」(ホンダ)。認知機能の低下などが原因で起こる事故を減らすとともに、運転しないことによるQOL(生活の質)の低下も防ぎたいとの思いが背景にある。

【福祉車両に存在感】年間4万台超販売

高齢化が進む中、福祉車両の存在感が増している。福祉車両には介護や送迎に使う「介護式」と、身体が不自由な人が自ら運転できる「自操式」がある。

日本自動車工業会(自工会)によると、福祉車両の年間販売台数は近年4万台超で推移している。最も多いのが車いす移動車だ。4月にはトヨタ自動車やホンダ、スズキなどが「車椅子簡易固定標準化コンソーシアム」を設立した。経済産業省が車いすを車両に固定する機器の国際標準化を進めており、連携して普及を目指す。

ホンダの軽自動車「N―BOXスロープ」は、車いす移動車でトップシェアを誇る。電動ウインチを用い、車いすを乗り入れやすくしている。「『いかにも福祉車両』というデザインを嫌うユーザーもいる」(ホンダ福祉事業課)ため、他のN―BOXとほぼ同じ外観にしているのも特徴だ。

助手席がドア側に回る車両や、足のみや片手で運転操作ができる補助装置も販売している。両足で運転するシステムは左足でペダルをこいでハンドルを操作し、右足でウインカーなどのスイッチを押す仕組み。運転免許は教習所で取得できる。

自動運転の進化で、一部の福祉車両の必要性が薄れる可能性もある。ただ「自動運転の本格化には時間がかかる」(同)と見て、当面は福祉車両の改良や普及に力を注ぐ考えだ。

【視野障がい者支援】ADASの役割、研究アクセル

国土交通省は3月、タクシーなどの運送事業者に、緑内障や網膜色素変性症による視野障がいの運転リスクを周知するマニュアルを公表。ドライバーが視野障がいに気付かず運転を続け事故を起こすケースがあるとし、眼科の受診や治療の継続を促すのが目的だ。

一方で、特に運転を生業とする人にとって運転を諦めることは、収入に関わる問題となる。内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)では、視野障がいを持つ人に対するADASの役割について研究を進めている。ドライバーが眼科を受診し、シミュレーターなどで視野欠損の状況を正しく把握することで、安全に運転が続けられる点を訴求する。7月のセミナーでビジョンケア(神戸市中央区)の高橋政代社長は「自動運転があれば安全性が高まる」と期待を示した。

日産自動車は21年3月、ネットワーク上に「交通安全未来創造ラボ」を創設。その研究成果として北里大学と今年3月、「有効視野計測システム」のプロトタイプを公開した。

有効視野とは、ドライバーが運転時などに注視している部分の周辺で有効に情報を認識できる範囲。「視力よりも交通事故との関係が深い」(北里大)という。有効視野の広さをビジュアルで示し、ドライバーが自分の状況を認識しやすくする狙いだ。

視線追跡装置付きのドライブシミュレーターで視野障害を把握する取り組みも進む(イメージ)

【生活の質に影響】運転に脳活性化効果

19年に東京・池袋で起きた乗用車暴走事故などをきっかけに、運転免許を自主返納する高齢者らは増加傾向にある。21年の自主返納件数は、11年比7・1倍の51万7040件だった。

ただ「運転には脳を活性化する効果がある」(マツダ)。国立長寿医療研究センターの調査によると運転している高齢者は、していない高齢者と比べ認知症発症のリスクが37%低くなるという。5月施行の改正道交法では、安全運転支援装置を搭載したサポートカーのみ運転を認める限定免許制度も始まった。

ホンダの研究開発子会社、本田技術研究所の大津啓司社長は「事故が起こるから車は危険ということではない」とし、「自由な移動の喜びを実現し、リアルを楽しめる世界を作る。これはホンダが大切にしてきたことの一つ」と、安全に関する技術開発に意欲を燃やす。

別の自動車メーカー幹部も「福祉車両などに幅広く取り組むことは、自動車業界として国連の持続可能な開発目標(SDGs)の『誰一人取り残さない』を実現するためにも必要だ」と力説する。

日刊工業新聞2022年8月17日

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