JAXAとソニーグループが共同開発した「高精度慣性センサー」の実力
JAXAは、ソニーグループとの共同研究で、小型の高精度慣性センサー(IMU)を開発した。IMUは、並進運動を捉える加速度センサーと回転運動を捉えるジャイロセンサーで構成され、人や物の動きを検知し、速い動作にも追従する特性を有する。カメラの手振れ補正から陸海空のモビリティー分野、さらには人工衛星の姿勢制御にいたるまで幅広い分野で活用されている。
IMUの技術課題の一つが、「ドリフト」である。センサーのわずかな誤差により、位置や姿勢の誤差が時間と共に大きくなってしまう現象だ。このドリフトを抑えるため、従来のセンサーは大型化が避けられなかった。小型・軽量・低コストの高精度IMUの実現は、世界を変える画期的な技術と目されていた。
ソニーのR&Dセンターでは、この高精度IMUを、複数の民生用の安価で小型の微小電気機械システム(MEMS)―IMUの組み合わせにより実現する研究開発を進めていた。個々のセンサー誤差を、大数法則により平均化し、誤差を収斂させるという発想だ。実現すれば、地上の電子機器だけではなく、宇宙空間にもセンサーの応用可能性が広がるかもしれない。JAXAとソニーは2018年に共同研究を開始した。
共同研究では、ソニーの技術開発に、JAXAの宇宙・航空分野における知見を取り入れることで成果を得た。直面した課題はいくつもあったが、その一つが複数のIMUを同じ基板上に実装する際の感度干渉だ。宇宙分野における、複数の全地球測位システム(GPS)衛星の配置によって測位精度を向上させる信号処理技術に着想を得て、干渉抑制と外れ値除去のフィルターを実装した。
これにより、MEMS―IMU32個をアレー状に高密度に配置し、出力を合成することで、理論値に近いドリフト誤差(1時間当たり0・5度)を実現した。
さらに副次的な成果として、MEMS―IMU素子の不良値を動的に除去することが可能になった。これによって、将来量産化した際にも、製造前の異常値個体の選別が不要になる。また、宇宙空間においても、放射線により個別のセンサーに異常や故障が起きても、他の多数のセンサーが正常ならば安定した出力が期待できる。
両者の知見と技術により実現したIMUは、革新的衛星技術実証2号機の実証テーマとして小型実証衛星2号機(RAISE―2)に搭載、軌道上での動作が確認されている。今後、地上・宇宙両方での利用拡大を目指していく。
研究開発部門 第一研究ユニット 主幹研究開発員(研究領域主幹) 巳谷真司
岡山県出身。04年JAXA入社以来、人工衛星の姿勢軌道制御技術の研究開発に幅広く取り組んでいる。20年から宇宙機刷新技術(先導する研究)の研究リーダー。博士(工学)。