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お店とデジタルの関係にポジティブな変化を。ネットショップ一体型レジの本質

【連載】体験と礎 #4 STORES レジ

会議や授業、買い物、診察などコロナ禍における生活は日常におけるデジタルサービスの利用機会を拡大させた。その中でも商業を取り巻く環境においては消費者の非接触ニーズに対応するためのバーコード決済の導入や外出自粛下でも商品を販売するためのネットショップ事業の拡大など企業側の急速な対応が求められた。
 ネットショップ開設やキャッシュレス決済、予約システムなどのサービスを展開するヘイ(hey・東京都渋谷区)は2021年6月にPOSシステムとレジアプリケーションを融合した『STORES レジ』の提供を開始した。その背景にはデジタル製品を通じて商業の仕組みにポジティブな変化を起こすという同社のミッションが関わっている。社会全体の環境変化を契機としてデジタルに取り組む事業者が増える中、プロダクトの体験設計は事業の成長や製品の使い手にどのような価値をもたらすのか。

ネットショップとレジを一体化

STORES レジはタブレット端末(※1)向けのPOSレジアプリだ。ネットショップ開設サービス『STORES』上の管理システムと実店舗のレジを接続し、在庫を一元管理できる点が特徴。実店舗で商品が売れるとネットショップの在庫数が自動で調整され、シームレスな商品管理を可能にする。利用者は小売りや食品販売、薬局など取扱商品数が多い小規模事業者が中心だ。

STORES レジの画面イメージ

開発におけるリード役を担った井出優太VPoPD(Vice President of Product Design)は「STORESの事業に携わる中でオンラインとリアルの両方に店舗を持つ事業者の多くが在庫管理の煩雑さに課題を抱えている実感があった。その解決につながる具体的な取り組みとしてネットショップ一体型のPOSレジシステムの構想が生まれた」と振り返る。
 同システムでは既にSTORESで店舗を運営している場合、そのアカウントですぐに利用が可能。ログインするとネットショップ側で登録されている商品情報が自動で表示され、初期設定の負荷軽減や二重登録の防止につなげている。

実店舗のレジ操作とネットショップのシステムが連携

また、商品カテゴリー別の「売上分析機能」や、登録している製品のボタンを定番商品やよく売れる組み合わせに並べ変えられる「カスタムパネル機能」など実際の利用者の声をもとに実装された仕組みも多くある。使い手のニーズに合わせた柔軟なアップデートはデジタルプロダクトの長所だ。今後は実店舗を複数構える事業者にもより使いやすい仕組みも検討していくという。

オンラインとオフラインの接続に着目

STORES レジの構想が始まったのは2019年。ネットショップを母体とするD2CやDNVB(※2)と呼ばれるブランドがポップアップショップを開いたり直営店を設立したりする動きが増加した時期だ。事業開発ではこうした「オフラインの場に進出するデジタル発の事業者」を最初のターゲットにし、プロダクトの設計思想につなげていったという。

商品管理システムや会計サービスなど店舗運営に関連するデジタルプロダクトはこれまでにも数多くの製品が世に出ている。その一方で、オペレーションやシステムの変更にかかる負荷への懸念から導入を足踏みする事業者も少なくないのが実状だ。井出VPoPDは「従来の環境に課題が顕在化しているわけでなく、新たな仕組みを取り入れる上で複雑なシステムに向き合わなければいけない状況がデジタルに取り組む際の壁になっている」と指摘する。
 こうした中でSTORESが着目したのが「オンラインとオフラインの接続」をスムーズに実現する体験だ。レジではそれを実店舗とネットショップの在庫管理を一元化する設計で具体化した。

井出VPoPD

また、開発の最中にはコロナ禍も起きた。これまで実店舗のみで営業していた事業者が時短営業や休業要請の影響を受けネットショップを開設する事例が急増。巣ごもり生活の中では商品のネット注文や店舗受取など消費者側にもデジタルサービスの需要が広がった。
 「導入状況を見ると『オフラインからオンラインに進出する事業者』がコロナ禍によって構想時点の想定より早く増えている印象がある。消費行動や生活環境が変化する中、実店舗とネットショップを両立する仕組みを提供する意義は大きいと捉えている」(井出VPoPD)。

プロダクトにおける「体験」の追求は機能や価格と異なる軸での競争力につながる。レジにおいては「サービス同士の接続が簡単」という点から同ブランドの決済端末や予約システムを利用する店舗での活用も広がっている。導入店舗数は21年6月のサービス開始から22年4月までで約15倍に拡大。リリースから約1年経った現在ではレジの利用をきっかけに他のSTORESのサービスを使い始める事例も増加している。

事業同士をつなぐデザイン

サービスの運営元であるヘイはデジタル事業を通じ商業の仕組みをポジティブに変革する仕組み作りを目指す。そしてSTORESには規模を問わず“お店ができることを増やす”ビジョンがある。井出VPoPDは「社会や暮らしの変化に伴いデジタルに取り組む事業者が増える中で『STORESなら簡単に安心して使い始められる』体験の設計に努めていきたい」と強調する。

同社はネットショップ、キャッシュレス決済、ネット予約システムの各サービスを提供する3つの会社が合併してできた背景を持つ。レジは前身の企業から運営していたそれぞれの事業を『STORES』としてブランド統合した後に生まれた初の事業だ。開発の中では使いやすさと個性のバランスを担保したデザインシステムを策定し『STORESらしさ』の布石を作り上げた。従来の事業の延長ではなくSTORESの新規事業として生まれたデザインは、もとは異なる会社で作っていた各製品の画面スタイリングやインタフェースをひとつのブランドとして再設計する指針につながったという。

STORESのプロダクト(左からSTORES 決済、STORES レジ、STORES)

近年では分断された領域をつなぐ存在として、デザインの「多角的な視点」や「異なる要素を結びつけ形にしていく力」が注目されている。同社には現在約20名のデザイナーが在籍し、各自の専門性や技術を連携しながら製品開発やコミュニケーション戦略に携わっている。22年4月には経営層と連携しながら各プロダクトを横断した体験に責任を持つ役割としてVPoPDが設置された。事業領域が拡大する中ではこうした専門家たちの活躍も成長のカギになりそうだ。

※1……現在はiPad OSのみ対応
※2……Digitally Native Vertical Brandの略。デジタルネイティブの世代を主要ターゲットにし、特定分野の商品を展開するブランド。

写真・画像提供:ヘイ株式会社
 インタビュー写真撮影時以外はマスクを着用して取材実施

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濱中望実
濱中望実 Hamanaka Nozomi デジタルメディア局コンテンツサービス部
使い手が新しい仕組みを取り入れる上で「使ってみたい」「こんなことができそう」といったポジティブな印象が持てることは重要です。デザインシステムの策定にあたっては画面の余白やカラーパレットの設計にもこだわったとのこと。STORESはブランドとして対応する領域を広げていく上でカスタマーサクセスや開発の体制を拡充し、プロダクトを育てる組織づくりにも取り組んでいます。デザインシステムと事業の成長が今後どのように関わり、アップデートしていくかにも注目です。

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体験と礎
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日常の何気ない体験を見直したりアップデートさせたりする視点を持つ製品開発の事例が増えている。デジタルデバイスがより身近になる中で「プロダクト」の概念もハードウェアに閉じたものではなくなった。働き方や暮らし方が多様化する中で、プロダクトの開発にはどのような視点が求められるのか。その作り手は社会とどう向き合うのか。(不定期連載)

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