トヨタ8兆円…世界で“脱炭素”投資合戦、日本企業の存在感
トヨタ自動車8兆円、三菱商事2兆円、INPEX1兆円―。温室効果ガス排出量を実質ゼロにする脱炭素の達成に向け、日本企業が巨額の投資戦略を打ち出している。再生可能エネルギー事業や電気自動車(EV)などの成長市場を獲得するとともに、排出ゼロ企業への転換を急ぐ。世界全体の脱炭素化には年4兆ドル(460兆円)が必要とされており、日本企業も投資合戦に参戦して世界市場で存在感を示す。(編集委員・松木喬)
30年まで「年4兆ドル」 日本、プライム企業に開示要求
国際エネルギー機関(IEA)は2021年10月、世界全体が脱炭素を達成するために30年までに年4兆ドルの投資を続ける必要があると公表した。現状比4倍近くに相当し、日本の国内総生産(GDP)並みの巨費だ。主な投資分野としてエネルギー効率の改善や再生エネの開発を挙げた。米金融調査会社のブルームバーグニューエナジーファイナンス(NEF)も排出ゼロのために、エネルギー関連で173兆ドル(1京9895兆円)の投資が世界全体で必要としている。
各国も巨額投資を計画している。欧州連合(EU)は脱炭素に向けて21―30年までに官民合計で1兆ユーロ(129兆円)を投じる。米国のバイデン大統領も選挙戦で気候変動関連への2兆ドルの投資を公約に掲げた。21年11月には1兆2000億ドルのインフラ投資法案に署名し、再生エネ普及を支える電力網やEVの充電施設を整備する。
日本は4月、東京証券取引所に新設される「プライム市場」上場1841社に気候変動関連情報の開示を求める。投資家は脱炭素型ビジネスに移行できる企業を評価しようとしており、投資額は移行戦略を示す説得力のある情報となる。
【自動車】電動化シフト、明確なメッセージ
「EVだって、燃料電池車(FCV)、ハイブリッド車(HV)だって本気でやっている」―。トヨタの豊田章男社長は21年12月、多様なニーズに応えつつ脱炭素を実現するために、電動車を「全方位」で展開する方針を改めて強調。30年までに電動車の研究開発や設備投資に8兆円を投じると表明した。
うちEVでは電池を含め4兆円を投資。販売目標も21年5月の200万台(FCVを含む)から350万台に高めた。前田昌彦執行役員は「米国の大統領令が出るなど市場の動きが活発になっている」とし、21年に各国で相次いだ環境規制の強化が、目標引き上げの背景にあるとした。
日産自動車、仏ルノー、三菱自動車の3社連合も1月、今後5年間でEV開発などに約3兆円を投じ、35車種のEVを投入すると発表。ルノーのジャンドミニク・スナール会長は「EV用電池技術のロードマップで連携し、ルノーと日産の電池サプライヤーをフランス、英国、日本で共通にする」とし、連合を基盤に電動化戦略を加速する方針を示した。(西沢亮)
【鉄鋼】研究開発・設備投資5兆円
国内産業の二酸化炭素(CO2)排出量の約4割を占める鉄鋼業界。その多くが日本製鉄、神戸製鋼所など高炉3社の粗鋼生産時に排出されている。脱炭素に向けては石炭由来のコークスを使わない水素還元製鉄などの実現が不可欠。だが、研究開発と設備投資で最低でも約5兆円かかるとの試算もある。
こうした中、資金調達の多様化が課題だ。JFEホールディングスは公募形式の「移行債」を22年度に発行する。調達額は約300億円で、高炉改修時の省エネ化や、環境面の寄与が大きい電磁鋼板のライン増強などに充てる。同債は脱炭素への移行を目的にしたESG(環境・社会・企業統治)債の一つで、同社は経済産業省のモデル事業に製造業で初選定された。
寺畑雅史副社長は「中長期に多額の費用がかかるため財務体質を強固にしつつ、その時々で最適な調達方法を検討したい」と話す。
各社にとってキャッシュ創出を含む財務基盤強化は待ったなしで、生産能力の適正化で採算を重視しつつ販売価格是正を進める。(編集委員・山中久仁昭)
【化学】既存技術の温室ガス減中心
化学大手では自社のCO2排出量の削減に向けて、30年度までに1000億円超の投資計画の表明が相次いでいる。三菱ケミカルホールディングスの投資額は約1000億円、東ソーは約1200億円、住友化学は約2000億円に上る。石油化学プラントはエネルギー使用量が多くCO2排出量も膨大で、投資額も巨額となりやすい。CO2の回収・利用などの革新技術も研究しているが、30年度には間に合わず、既存技術が対策の中心だ。
住友化学は30年度に13年度比で温室効果ガス排出量50%削減を目指す。すでに大型投資として愛媛工場(愛媛県新居浜市)で液化天然ガス(LNG)発電所の建設を決定。「今手に入る技術でやれることを積み上げ、目標を設定した。住友化学らしく、モノづくり・技術を基盤に取り組む」(辻純平カーボンニュートラル戦略審議会事務局長)。
東ソーは、まず南陽事業所(山口県周南市)で、石炭ボイラへのバイオマス燃料の利用などを検討。今後の技術革新などの変化をにらみ「30年までは将来二重投資にならないものをやる」(桑田守次期社長)考え。(梶原洵子)
【石油】事業転換と安定供給の狭間で
石油需要が将来的に半減するとみられる中、石油業界は脱炭素エネルギー事業への抜本的転換を迫られる。ただ、移行期にも石油の安定供給に向けた最低限の投資が必要となり、そのバランスが課題だ。
ENEOSは21年、再生エネを手がけるジャパン・リニューアブル・エナジーを破格の2000億円で買収、「時間をお金で買った」(大田勝幸社長)。同社は23年3月までの3カ年で総投資1兆5000億円を計画し、戦略投資に4000億円を充てる。出光興産も同3カ年の総投資5700億円のうち、戦略投資は2700億円。既存コンビナートやガソリンスタンドの高付加価値化にも、依然として巨額投資が必要だ。
次の中期経営計画以降、将来の柱と期待される水素や再生エネ、合成燃料、CCUS(CO2の回収・利用・貯留)などにどこまで厚く投資できるかが問われる。上流事業であるINPEXも30年までに脱炭素へ1兆円を投じる一方で、「石油開発は早期生産・コスト回収を重視していく」(上田隆之社長)考えだ。(編集委員・板崎英士)
【総合商社】産業界の脱炭素化、後押し
総合商社にも脱炭素に向けた大型投資の動きが広がっている。三菱商事は30年度までに2兆円規模、豊田通商も30年までに約1兆6000億円を投じる。特に再生エネや水素・アンモニアなどには各社が共通で注力する。
再生エネ分野では、三菱商事グループが21年12月、秋田県における国内初の着床式洋上風力発電の事業者として選定された。伊藤忠商事や三井物産なども再生エネ事業に照準を合わせる。
「ポートフォリオの中でCO2を削減しないといけない」。住友商事の兵頭誠之社長は、全社に横ぐしを通した脱炭素戦略の必要性を強調する。同社は21年に従来の部門の枠組みを越えた新たな営業組織を設置。脱炭素エネルギーの開発・展開やCCUSなどを軸に事業拡大を目指す。
各社は広範な事業領域を持つ商社の特性を生かし、産業界の脱炭素化を後押しする。丸紅は電動化に不可欠な銅の鉱山権益に出資しており「資源分野も脱炭素やサステナビリティー(持続可能性)に寄与するものをやっていきたい」(柿木真澄社長)と話す。(森下晃行)