危機感に欠ける…グループ経営を再編する重工大手、それぞれの成長戦略
脱炭素に商機、総合力生かせ
重工大手が成長事業の創出に向けグループ経営を再編している。脱炭素化を見据えた戦略にかじを切り、三菱重工業は火力発電システム事業を本体に統合して、環境対応の経営資源を集約。川崎重工業は稼ぎ頭の分社化で成長に弾みを付ける。ただ、コングロマリット(複合企業)の将来の収益性に対する市場の見方は厳しく、米ゼネラル・エレクトリック(GE)は会社分割を選択した。国内勢も成長戦略の具体化が急がれる。(孝志勇輔)
【三菱重工】火力を統合、環境対応加速
「戦略の実行に向け組織を変える」。三菱重工の泉沢清次社長は脱炭素化に基づく戦略に合わせて、体制を見直す意向をにじませる。
環境負荷の低いエネルギーへの転換を中期経営計画の柱に位置付ける同社は、グループの稼ぎ頭で火力発電システムを担う子会社を2021年秋に本体へ取り込んだ。石炭火力発電への逆風が強く、需要の縮小が懸念されており、火力の環境対策や水素事業を並行して進める体制作りが狙いだ。泉沢社長にとって再編の最初の一手が、今回の統合だった。
三菱重工はこれまでも大規模な構造改革を実施してきた。08年から本格化し、事業所・事業本部制からドメイン制に移行。18年にはエンジニアリングや造船を事業会社化しており、火力分野の統合はそれ以来のグループ経営の大がかりな見直しとなる。
しかし、一連の改革が収益力の向上や成長戦略の遂行に結びついてきたかといえば疑問符が付く。ここ5年間の事業(営業)利益率は停滞気味だ。足元では小型ジェット旅客機「三菱スペースジェット」の開発に伴う損失が膨らんだほか、売上高も伸び悩んでいる。
中計では事業規模を追わず、新型コロナウイルスの感染拡大で落ち込んだ収益回復を優先し、24年3月期の事業利益率7%、株主資本利益率(ROE)12%を打ち出した。両方とも高いハードルだ。
三菱重工がグループ経営のあり方を見直す上で、事業ポートフォリオ改革も必要な視点だ。脱炭素化に伴って需要が見込まれる風力発電設備の国内販売会社を合弁で設立したほか、工作機械事業は日本電産に譲渡した。「我々よりも別の企業がうまくできる事業はお任せする。中計では利益面を重視しており、売上高だけを考えてしまうと、ポートフォリオの入れ替えを制約してしまう可能性がある」(三菱重工幹部)という。
環境対応やモビリティーなど、新領域の開拓による成長性を明確にするためにも、M&A(合併・買収)の活用を含めたポートフォリオの一層の変革が求められそうだ。
一方、GEはコングロマリット体制に別れを告げる。会社全体を航空機エンジンと医療機器、電力の3事業に分割することを決め、医療機器は23年、電力を24年にそれぞれ分社する。本体は同エンジンのみを手がける。事業領域が広いことで、企業価値が抑えられる「コングロマリット・ディスカウント」への答えを出した格好だ。
GEは過去に金融事業などで損失を計上し、祖業の照明などの事業を売却して立て直しを図ってきたが、コロナ禍での航空機需要の低迷が打撃となった。火力分野の受注環境も厳しく、従来の経営形態にメスを入れざるを得なくなった。航空機エンジンとの相乗効果を発揮した航空機リース事業を21年秋に売却し、金融から事実上撤退したことも、会社分割の決断につながったと言える。設立から130年の名門企業が迎えた歴史的な転換点だ。
【川重】分社「市場見ながら」
国内勢では川重が、2輪・4輪車と鉄道車両の両事業の分社に踏み切った。川重にとって2輪車などは唯一の消費者向け製品であり、橋本康彦社長は「市場を見ながら対応することが必要だ。分社で権限や裁量をかなり委譲した」と狙いを説明する。北米で需要が高まるオフロード4輪車の生産能力の増強に約300億円を投じることを決めるなど、早々に“機動性”を発揮している。
川重の場合、過去にも事業を分社した経緯がある。経験した同社幹部は「追い出された思いから、『なにくそ』という頑張りで(収益を)回復させ、本体に戻った」と振り返る。だが、今回の分社は意味合いが異なり、他社との連携をしやすくすることを第一義とする。分社会社の成長戦略を明確にするには、外部からの出資受け入れといった判断も必要となりそうだ。
【IHI】「成長事業に投資」
重工大手の収益性や新分野の開拓に対して、市場の期待がなかなか高まらず「投資家から株式を買うべきか、売るべきかの話がめったに出てこない」(市場関係者)との声も聞かれる。コングロマリットの体制で成長性が見えにくいのが理由の一つだ。
IHIの井手博社長は「成長する事業への投資が進まないと、コングロマリット・ディスカウントに陥ってしまう。稼げる事業で得たお金を(新事業に)回すことが大事だ」と認識している。同社は頭痛の種だったエンジニアリング関連の損失リスクを一掃し、業績の安定化を達成した。コロナ禍の影響を受けたが長期的な成長が期待できる航空輸送システム、脱炭素化につながる「カーボンソリューション」、保全や防災の観点に基づく社会インフラの三つを成長事業に位置付けている。
国内勢はコングロマリットである以上、総合力を生かさない手はない。今後のコングロマリットの在り方は、脱炭素化に向けた競争の行方を左右する要素となりそうだ。
私はこう見る
どこか危機感に欠ける… 大和証券シニアアナリスト・田井宏介氏
重工各社の中期経営計画の進捗(しんちょく)は遅れている印象だ。構造改革への積極性が見えにくいうえ、足元の業績もおぼつかない。
事業環境の変化が早まり、人工知能(AI)の活用をはじめとするデジタル変革(DX)も本格化。産業構造が大きな転換期を迎えているが、どこか危機感が欠けているように感じる。
一方、会社の分割や分社がベストな選択肢とは言い切れない。こうした経営判断を下す根拠となる戦略を、しっかりと持っていることが必要ではないか。(談)