ニュースイッチ

METI

電鋳金型のトップ企業、“じゃない方事業部”が狙う新領域

電鋳金型のトップ企業、“じゃない方事業部”が狙う新領域

本社・江南工場(愛知県江南市)

KTX(愛知県江南市)は、世界でも数少ない電気鋳造(電鋳)金型のトップブランド。電鋳は母型にイオン化した金属を付着させることで凹凸形状を精緻に転写し、再現する技術。中でも1983年に開発した独自の「ポーラス電鋳」は、光にかざすと煌めく星空のような細かな通気孔が透けて見える。通気孔から真空を利用した画期的な技術で、成形時のエネルギー消費は従来技術の10分の1、30%の低コスト化と軽量化を実現できる。リサイクル可能なオレフィン系樹脂の成形も可能で、世界の自動車メーカーに採用されている。

大物部品のエッチング加工に参入

KTXのポーラス電鋳金型

「これまでは電鋳の専門店だったが、今後はデパートみたいに何でもできるようにしたい」と野田太一社長は意欲を燃やす。2021年12月に長崎県平戸市で稼働した新工場「長崎平戸ラボラトリーズ」で、2022年初頭から自動車用インススツルメントパネルなど大物部品へのエッチング加工に乗り出す。導入したのは国内初となるDMG森精機製の50トンクラスのレーザーエッチング装置。レーザーエッチングは樹脂に三角形や四角形を組み合わせた近未来的な幾何学模様を装飾できる。小物部品ではすでに採用されているが、大物部品は珍しい。 レーザーエッチング加工のインパネは欧米や中国で人気だが、日本では細かい凹凸で皮革のような風合いを出すシボ加工が主流。ただ電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)など世代自動車の普及が進めば、今後は内装に求められる質感やイメージも変化してくる可能性がある。「目の前の受注を取るためでなく、将来に向けて顧客のあらゆるニーズに応え、さまざまな技術を可能な限り提案できる体制を整えたい」(野田社長)と投資を決断した。

“じゃない方”を探索

新分野の開拓にも果敢に挑む。新規事業を探索するため、2021年4月に立ち上げた新組織は、その名も”じゃない方事業部”。「金型も頑張ってるが、それ以外も頑張る。”金型じゃない方”に本気で取り組むため、みんなに覚えてもらいやすいユニークな名称にした」(同)と明かす。メンバーは若手中心に「明るく、変化に対して抵抗がなく、新しいことに率先して取り組める人材」(同)を約10人集めた。

その第1弾として、市場投入したのが災害対策品の止水板「スーパー止水番2」だ。台風や集中豪雨などの大雨による水害から建物や設備を守る。開発のきっかけは本社横に水路があるため近年、多発する水害に備ようと既存の止水板の設置を検討したこと。しかし、既存製品は高価で使い勝手も悪く、「それなら金型技術を使ってシンプルなものを自分たちでつくろう」と開発に着手。つくり上げた製品が公的機関による水漏れ検査で、良い結果を得られたことから、夏に本格販売を始めた。

発売後は「ATMや配線がある場所に設置したい」という金融機関などへ納入。高い強度や止水性能が口コミで広がり、販売数を伸ばしている。拡販に向け今年、豪雨被害の多い佐賀県に営業所を設け、迅速に現地対応できる体制を整えた。

金型技術を応用した新規事業の止水板

さらに、防災品では災害時用の蓄光製品を取り扱う企業を11月に買収した。道路などに設置すると暗闇でうっすらと光る。従来の蓄光製品は室内向けがほとんどで、屋外向けは太陽光の影響を受け寿命が短いのが課題だった。子会社の製品は特許技術により10年以上の寿命を持つという。今後は防災のほか、工場の安全対策などとしても提案していく考えだ。

新規事業のアイデアの多くは野田社長が出すという。野田社長は自衛隊に入隊し、その後、奈良県立医大で医師免許と博士号を取得した異色のキャリアを持つ。「新規事業のアイデアは10以上ある」(同)という一方、「スタートダッシュした後は社員に任せる」とチームワークを重視する。社長室も設けず、社員と同じフロアでフラットなコミュニケーションを心がけている。

「世の中にないものをつくるような、大それたことは考えていない。今あるものよりちょっといいもの、便利なものを作ればいい」という。アイデアを製品としてカタチにしていく過程では、培った金型の解析技術や製造技術が生きている。「上手なシェフは和食でも洋食でもうまく作れる」と、自社の技術力に絶対の自信を持つ。

野田太一社長

本社隣に「診療所」開設、ワクチン接種に活用

「医療従事者の負担を軽減し、地域の人たちのために貢献したい」と野田社長。新型コロナウイルスが世界で猛威を振い続ける中、本社隣のテクニカルセンターを活用し、ワクチンを接種する「KTX診療所」を開設した(10月末で新型コロナウイルスワクチン接種はいったん終了)。

同診療所は通常の病院や診療所と異なり、ボランティアのKTX社員が受け付けや案内をする。広い会場内では、ずらりと並べたイスに被接種者が座り、医師や看護師が移動して問診、接種を行うワンストップ方式を採用した。「接種後はできるだけ動かない方が安全で、効率もいい」(同)。医大の研究者だった野田社長の知見と効率を追求するモノづくりのノウハウが生きた。これにより6時間で360人、週末のみ5カ月間で1万2000回接種し、地域のワクチン接種が進んだ。

ワクチンだけでなく、抗原検査キットやPCR検査にも対応できる。「金型づくりでも設計から製造、販売まで全てやる。部品製作などもできるだけ社内でつくるのがモットー」(同)と胸を張る。医療分野では人工関節など医療機器分野への参入も視野に入れる。

野田社長の父で創業者の野田泰義会長は電鋳に惚れ込み、オンリーワン技術を確立、世界的ブランドへと育て上げた。2代目の野田社長もその強い思いと挑戦のDNAを受け継ぎ、さらに新風を吹き込むことで夢を大きく膨らませようとしている。

【企業情報】 ▽所在地=愛知県江南市安良町地蔵51▽社長=野田太一(のだ・たいち)氏▽設立=1965(昭40)年1月▽売上高=約34億円(2021年4月期)
日刊工業新聞2022年1月6日

編集部のおすすめ