ニュースイッチ

コロナ禍で変革余儀なくされた高島屋、社長の背中を押す父の教え

「人には親切に、勇気を持って(行動しなさい)」

高島屋の村田善郎社長が今も大事にする亡き実父からの教え。幼稚園に入る際、社会への第一歩を踏み出すわが子に伝えた言葉は、後の会社員人生の転機と言える場面で脳裏に浮かび行動の指針となる。その実践の積み重ねがリーダーとしての礎を築く軌跡となった。

大きな転機となったのが、1996年に開店した新宿店の立ち上げメンバーへの抜擢。東京・新宿は複数の大手百貨店が立地するエリア。新宿進出が長年の悲願であった高島屋にとっては社運をかけたプロジェクトと言えた。準備室には、全国から各分野のエース級の人材が集結。その中には他店の売り場を見ただけで、扱っている商品がいくらで、それがどのくらい売れて、このくらいの売り上げ・利益になると言い当てる猛者もいた。

“精鋭”の仕事ぶりを目の当たりにしながら、多くのことを吸収していく。リビング担当として他店の売り場を根気強く回り、商品戦略を練っていた。その際にメンバーからある教えを受けた。

「新たな流行の発信も百貨店の役割であるが、それだけでは経営は成り立たない。売り場は『見せるところと利益を稼ぐところ』がある」

教えられた「利益を稼ぐ売り場」をどうつくるかは、経営感覚を意識する上で貴重な体験となった。

また、労働組合時代も経営を学ぶ機会となった。労働組合委員長に就任、労使交渉などで経営側との是々非々のやりとりを行った。会社の経営状態の分析に始まり、折衝での交渉力を磨く。さらに、上部組織の商業労連で産業政策局長も経験。「店舗の閉鎖で苦しむ従業員を見てきた。同じ労働者としてなんとかしたい」と思い、衰退をたどる地方百貨店の経営者にキャッシュフロー計算書の重要性を説いて回った。

足元では百貨店業界もコロナ禍の影響が直撃し、変革を余儀なくされている。再生から再成長へと向かう原動力を「人」と位置付ける。

「百貨店が未来に残る上で必要なのは人材だ。能力を引き出せる環境をつくっていくのが経営の役目」

高島屋のグループ経営理念である「いつも、人から。」とも重なる。勇気を持って行動に移し、変革を急ぐとともに、未来に向けた人基軸の経営を進める。今こそが、実父の教えを一番思い起こしている局面なのかもしれない。(編集委員・大友裕登)

【略歴】
むらた・よしお 85年(昭60)慶大法卒、同年高島屋入社。13年執行役員、15年常務、19年社長。東京都出身、60歳。
日刊工業新聞2021年12月21日

編集部のおすすめ