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飢餓・健康・環境…課題解決へ。世界で進む「食料生産システム変革」が日本の産業界に与える影響

飢餓・健康・環境…課題解決へ。世界で進む「食料生産システム変革」が日本の産業界に与える影響

食料不足の問題は新型コロナウイルス感染症などが原因で拡大している(アフリカ・エチオピア=国連世界食糧計画〈WFP〉提供)

食料生産システムがサステナブル(持続可能)な社会の実現へ動き始めた。最近日本でも注目される植物原料による代替肉はその一例。食料生産の課題は環境問題に加え、飢餓や肥満、栄養不良、農村地域の収入確保など幅広い。解決に向けた世界の変化は、日本の産業界にも影響する可能性がある。(梶原洵子)

【深刻な食の問題】過不足、世界でアンバランス

最大の問題である食料不足は、新型コロナウイルス感染症などが原因で拡大している。国連食糧農業機関(FAO)は、2020年の世界の栄養不良人口について、前年より約1億人以上増え、7億2040万―8億1100万人になるとの予測を報告した。

一方で肥満や食品ロスといった課題も深刻化しており、食料が量的に十分な国でも栄養バランスの崩れによる健康問題が起きている。

食料の生産から消費までのプロセスは、世界の温室効果ガス排出量の最大3分の1、水の使用量で最大70%に関わると指摘される。地球環境を保護しながら世界人口の増加を支える食料を供給するには、食料システム全体の抜本的な変革が不可欠だ。

日本では海外のような食料危機を身近に感じにくいが、大量の食料の輸入や伝統食などの一部食品の輸出で世界とつながっている。また、日本企業には農薬や食品添加剤の主要メーカーが少なくない。今、海外で起きている変化はひとごとではなく、将来少なからず影響するだろう。

食料問題の解決に向けて、国連は世界のさまざまな人から幅広くアイデアを募り、実行に移す考えだ。世界中から集めた2000超の変革のアイデアを「ゲームチェンジング提案」として58項目にまとめ、21年9月にオンライン開催した第1回国連食料システムサミット(UNFSS)で公表した。

【ルール作り、企業は注視】輸出入、戦略に影響

UNFSSは今後も継続的に開催されることが決定しており、第2回は23年を予定する。ゲームチェンジング提案の具体化も進むとみられる。

「UNFSSは食品に関わるルールメイキングの場となる可能性がある」と、ビタミンなど栄養素メーカー大手・蘭ロイヤルDSM日本法人の丸山和則社長は指摘する。同社はサステナビリティー経営の先駆者として知られ、欧州の同分野の動向に詳しい。

現在、気候変動については、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)や国連の気候変動枠組み条約締約国会議(COP)で、世界の方針が議論されている。UNFSSは、これらと同じ構造になる可能性もあるとみる。

UNFSSは食料問題の解決を通じてSDGs(国連の持続可能な開発目標)達成を目指す史上初のサミットとして、21年9月に開催された。193カ国から5万1000人が参加。米バイデン大統領が国内外の飢餓対策に100億ドル(約1兆1600億円)の拠出を打ち出すなど、大型の資金支援の表明が相次いだ。

日本も政府だけでなく、アサヒグループホールディングスや味の素、イオンなど食品メーカーや食料生産、流通に関係する多くの企業がコミットメントを発表している。

欧州では栄養・環境スコアのラベリングを試行(フランスのスーパーマーケット=ブルームバーグ)

ゲームチェンジング提案の中には、グローバルの食品ビジネスに影響しそうな提案もある。食品パッケージの前面に「栄養スコア」や「環境負荷スコア」のラベリングを義務付けるという提案だ。消費者がサステナブルで健康的な食品を簡単に選べるようにし、消費者の選択によって、食料のサプライチェーン(供給網)全体の変革を促す狙い。

栄養スコアのラベル(ドイツ食糧・農業省のホームページより)

両スコアを試行する欧州では消費者への分かりやすさを重視し、「A―E」の5段階で簡潔に表示。義務ではないが、栄養スコアはフランスやドイツなどの欧州各国政府が推奨しており、環境スコアは大手小売店が試験的に利用している。

現時点で「栄養スコアについて欧州食品業界は賛否両論」とDSM日本法人の丸山社長は話す。例えば、オリーブオイルは「健康に良い」というイメージがあるが、現在の方法で算出した栄養スコアはCとなり、業界が反発。オリーブオイルが健康に良いことの証明や、スコア算出方法の改善要求を進めている。

日本は和食を健康長寿食として世界へ訴求しており、しょうゆやみそなどのスコアも気になるところ。動向を把握し、関わっていく必要がありそうだ。

【日本企業の対応】化学農薬の使用量低減

日本の化学メーカーは農薬の有効成分の開発をリードしており、世界各国の新たな農業戦略への対応を急ぐ。二酸化炭素(CO2)排出の削減に加え、化学農薬のリスク低減が重要な流れとなる。

欧州は20年に発表した「Farm to Fork戦略」で、30年までに化学農薬の使用およびリスクを50%削減する目標を立てた。生態系への影響を減らし、農地を持続的に利用することが、安定した食料生産の基本となるからだ。日本は「みどりの食料システム戦略」で、50年までに農林水産業のCO2排出ゼロ化や化学農薬の使用量半減(リスク換算)を打ち出した。

化学農薬の使用量低減に向けて、各社は生態系への影響が小さく少量で効く化学農薬や、データを活用したスマート農業、天然物由来の農薬などの開発に力を入れる。日本農薬は飛行ロボット(ドローン)を活用した農地の異常診断で、DJI JAPAN(東京都港区)と提携。上空から異常を検知し、最適な防除を行う農薬などを提案していく。

住友化学はより安全性の高い農薬の開発を進めている

住友化学は、微生物農薬や植物生長調整剤などの「バイオラショナル」製品群の強化に取り組んでいる。岩田圭一社長は「これまでより安全性の高い化学農薬の研究に注力し、バイオラショナル製品では先行している。欧州や日本の政策の変化はポジティブに受け取っている」と話す。

世界人口は現在の78億人超から50年には90億人に達すると予想されている。90億人が飢えずに生活するには、環境を保護しつつ、より効率的に多くの食料を生産する必要がある。それには農薬からデジタル化を含む農業技術、大豆由来の代替肉、畜産業まで、あらゆる分野の進化が欠かせない。食料生産システムの革新に期待が持たれる。

日刊工業新聞2022年1月7日

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