政府肝いりの「ムーンショット」研究、非連続的イノベーションで30年後の生活はどう変わる?

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政府が進める大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発事業「ムーンショット型研究開発制度」が動き始めた。既存秩序を壊し業界構造を変える「破壊的なイノベーション」を生み出すことが目的だ。「少子高齢化の改善」と「地球環境の回復」、「フロンティアの開拓」という三つの大目標を掲げ、20―30年後の未来を切り開く。(飯田真美子、冨井哲雄、梶原洵子、高屋優理)

民間・国際連携を深掘り

ムーンショット型研究開発制度は2009―13年度の「最先端研究開発支援プログラム(FIRST〈ファースト〉)」、14―18年度の「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT〈インパクト〉)」の後継施策。だが、これらよりも大きな社会課題に取り組むことが目的だ。提案者の物質・材料研究機構の橋本和仁理事長は「30年後の社会の予測が正しいかは分からない。幅広い発展性を重視し思い切ったテーマを決めた」と強調する。

「人工知能(AI)とロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現」や「地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」など七つの長期目標を設定。各目標に対しプログラムディレクター(PD)が全体を統括し、その下のプロジェクトマネージャー(PM)に現場の研究開発を担わせる仕組みだ。

研究開発期間は原則5年間だが、優れたテーマとして研究開発が進めば延長し最長10年間研究できる。目標ごとの単位で3年目と5年目、8年目に研究開発の進捗(しんちょく)状況を審査する「ステージゲート方式」を採用。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)や科学技術振興機構(JST)、日本医療研究開発機構(AMED)、農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター(BRAIN)の資金配分機関がプログラムの進捗を審査し、高い評価を受けたプログラムの研究期間を延長する仕組みだ。

同制度を担当する内閣府の河合亮子参事官は「毎年の審査や最長10年間の研究体制と民間や国際連携を深める仕組みを取り入れる点などが過去のプログラムとの相違点」と説明する。

内閣府は各プログラムを20年夏ごろに始める予定だった。だが、目標ごとの進捗が異なるため、体制が決まったものから随時研究活動を始めている。

アフターコロナ対応で新目標

また、新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受け、アフターコロナに対応する新たな目標の設定を検討する。今後の時代を担う若手や女性、海外の研究者などをメーンにさまざまな考えを取り入れる取り組み「ミレニアム・チャレンジ」を採用。新目標を調査研究する検討チームを公募。6カ月間の研究期間を経て、その成果を政府の総合科学技術・イノベーション会議で評価する。21年度中に最終的に1―2件の目標に絞る計画だ。

40―50年に達成すべき長期目標に向け、オールジャパンの研究開発体制が動き始めた。かつて「月を目指す」ということが壮大な事業だったが、それに相当するような目標を達成できるのか。産学官一体の取り組みが期待される。

コロナ後に向け若手の意見も大胆に取り入れる(イメージ)

主な目標への取り組み

【人と共生するロボ実現】

目標3に「50年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現」が掲げられた。AIとロボットが連携し自ら性能を向上させる技術と、周囲の環境などに適応するため知識や機能を自分で変えられるAI・ロボットを研究開発する。

全体を取りまとめるのはPDを務める名城大学理工学部の福田敏男教授。さらに9月に採択された4人のPMとともに研究開発計画を精査し、12月から研究開発を始めた。

さらに「倫理的・法的・社会的課題」(ELSI〈エルシー〉)の解決に取り組む必要も出てくる。

国の資金配分機関としてプロジェクトを担当するJSTの小西隆調査役は「AI・ロボットと人との距離感を社会が受容するかが重要になる。法や倫理の面で社会に理解してもらう必要がある」と語る。

【持続可能な資源循環】

目標4の「持続可能な資源循環を実現」は、プラスチックを使うバリューチェーンにとって、すでに差し迫った課題だ。海洋プラ汚染や気候変動問題が注目され、世界各国が「カーボンニュートラル」を目指すと宣言した。資源循環を考えずに事業活動を続ければ、いずれ市場から弾き出されてしまう。

資源循環の取り組みは既存の延長線上にある使用済みプラの再利用などもあるが、ムーンショットはより高難度の技術に挑戦する。例えば、東京大学の杉山正和教授らによる「革新的二酸化炭素(CO2)大量資源化システム」のプロジェクトは、オフィスの換気システムから排出される薄いCO2も利用を図る。窒素の循環なども目標4の対象だ。三菱ケミカルホールディングスの小林喜光会長は「環境やデジタルが21世紀の社会システムに大変革を起こす。巨額資金が動き、経済再生につながる」と語る。変革を先取りし、危機をチャンスに変える必要がある。

海洋プラスチック汚染は差し迫った課題だ(イメージ)

【地球規模の食料産業育成】

目標5の「未利用の生物機能等のフル活用により、地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業を創出」は、農林水産省が中心となって取り組む。目標設定の背景には、50年に世界人口が10年比で1.3倍、食料需要量が同1.7倍に拡大が予想される中、地球環境への負荷が見込まれることがある。

農水省ではターゲットとして、50年までに微生物や昆虫などの生物機能をフル活用した「完全資源循環型の食料生産システム」の開発や食料のムダをなくし、健康・環境に配慮した「合理的な食料消費を促す解決法」の開発を目標に定めた。また、これらの開発に向け、30年までに試作タイプを開発・実証し、倫理的、法的、社会的な議論を並行的に進めることで、「50年までにグローバルに普及させる」ことも、織り込んだ。

目標を達成するため、PMには東京農工大学の千葉一裕学長が就任。合わせて研究開発テーマを公募し、10のテーマを採択した。

【ムーンショット型研究開発制度】

高齢化社会や地球温暖化など重要な社会課題の解決に向けて国が目標を設定し、挑戦的な研究を推進する制度。人々の幸福で豊かな暮らしの基盤となる社会と環境、経済の三つの領域から、七つの長期的に達成すべき目標を決めた。予算額は5年間で1000億円。

日刊工業新聞2020年12月16日

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