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日本が再び存在感を示すには?“異例の政策方針”を示した経産省の真意

経済産業政策局・平井裕秀局長インタビュー

「経済産業政策の新機軸」。重点政策と合わせて経済産業省が打ち出した、経済産業政策全体の新たな方向性だ。このような方針が示されるのは異例のこと。その背景にある問題意識や狙い、今後の戦略について、経済産業政策局の平井裕秀局長に聞いた。

-新しい産業政策の方向性として「経済産業政策の新機軸」を打ち出したのはなぜですか。

「米中対立やカーボンニュートラル、デジタル変革など世界が大きく変化し、今は民間企業の努力だけで対処できる環境ではありません。このため政府が先頭に立ち、変革をリードしようとする動きが世界各国で顕在化しています。欧米諸国も政府主導の産業政策に舵を切りました。日本も新たな経済産業政策の方向性を示さなければならないタイミングを迎えています」

-日本は過去にも時代の変化に応じた産業政策で、経済成長に貢献してきたと思います。従来の産業政策のあり方とはどう違うのでしょうか。

「新たな産業政策は規制緩和やルール作りにとどまらず、社会・経済課題の解決に必要な特定産業に政府が大規模な財政資金を投じ、てこ入れする点で従来と大きく異なります。日本は高度経済成長期に特定産業の保護・育成を目的に、直接介入型の産業政策を展開した後、1990年代以降は規制緩和による民間活力の向上を前提とした政策を進め、腐心しながらも法人税減税や経済連携協定締結といったアウトプットを出してきました」

「ただ結果を見ると、ここ30年で他国の成長が日本を凌駕してしまったと言えます。90年代初頭に世界に名をはせた日本企業(世界の時価総額上位100社に入る企業)は30社程度あったのに対し、現在は1、2社程度にとどまっています。従来の産業政策で成果を出し切れたのかと問われれば、今の状況は決して我々が望んでいる姿ではありません」

世界の時価総額上位100社企業の構成

日本の存在感を取り戻す

-過去30年を振り返ると特に半導体産業の競争力低下が目立ちます。

「1988年ピーク時の世界半導体市場のうち、日本の半導体のシェアは5割を超えていましたが、現在は約1割にとどまります。世界の水平分業化の動きや事業分野の入れ替えに対処できず、世界の半導体需要の伸びに全くついていけなかったことが理由としてあげられるのではないでしょうか。日本の産業競争力低下の代表事例になっていることは確かです」

-日本が再び存在感を示すには新たな産業政策が欠かせないということですね。今後の議論の方向性を教えてください。

「グリーン、レジリエンス、デジタル、分配を重要テーマとして掲げ、6月と8月に産業構造審議会(経産相の諮問機関)に提示しました。社会・経済課題の解決を目的としながら産業発展を遂げる『ミッション志向』を念頭に置き、政府として大規模かつ長期的な支援を実行していく方針です。もちろん単に資金を投じれば問題が解決するとは思ってはいません。砂漠に水をまいてはならないし、水をまく方向性を間違えてはいけません。まずは歴史を振り返り、過去の産業政策で結果を出せなかった背景や理由の考察から議論をスタートします。政府、企業のそれぞれにどのような問題があったのか、検証していかなければなりません」

特定分野に対し、大規模かつ継続的な支援を

-政策の実効性を高めるためにはどのような取り組みが必要になりますか。

「新たな産業政策は、特定分野に対し、大規模かつ長期的な支援を提供するという従来とは異なるアプローチで展開することになります。政策の実効性を高めるためには、証拠に基づく政策立案(EBPM)により政策の精度を高めることが重要です。また、例えば米国のように半導体サプライチェーンの強靱化に向けて半導体工場の新設に数千億円規模の大規模な財政資金を投入するような場合、資金投入で得られる経済的効果を数値化して示さなければ世の中からの共感は得られません」

「これまで日本では、政府による大企業への補助金は観念的に『NO』でしたが、こうした政策の有効性を立証するデータをしっかり示すことで納得が得られれば、今後も日本にとって本当に必要な政策を適切に打ち出せるようになるでしょう。数年前までは政策の根拠たりうるデータを確保することが難しかったが、今は違います。今後はEBPMに値するエビデンスの確保に注力していくことが必要です」

「EBPMを着実に実行していくためには、限られた時間の中でデータを収集・分析し、政策に反映させる仕組みづくりが欠かせません。不確実性の高い時代の中で、各国が政府主導の産業政策を競うように進める中、政策の評価についても2年後に振り返って『この政策はだめだった』といった状況では済まされません。必然的に行政のガバナンス改革が求められることになり、経済産業省の組織の立て付けや働き方を根本的に見直していかざるを得ないでしょう。政策を立案する現場と執行する現場をどう作り直していくのかなど様々な課題があります。政策テーマによっては経産省だけで対応しきれないものもあるでしょう。今後議論を重ね、新機軸を遂行するに足る組織づくりを目指していきたいと思っています」

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