ビジュアルが促す対話の場づくり。実践と研究の積み重ねが築いたグラフィックレコーディングの役割とは

連載・先駆者に聞く #06「グラフィックレコーディング」 デザインリサーチャー・清水淳子氏

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会議、カンファレンス、1on1……様々な立場の人が参加する議論の場において、ビジュアル表現を用いた記録を通し、対話を促す手法として注目されるグラフィックレコーディング。今日ではニュース番組やセミナーで見かける機会も増えている。日本における第一人者として実践・研究に取り組むデザインリサーチャーの清水淳子氏に、ビジネスにおける活用のヒントや職業としての役割を築くまでの背景を聞いた。(聞き手・濱中望実)

※記事中画像は本人提供、取材はオンラインで実施。

連載・先駆者に聞く:新たな学問や文化の領域を切り開く先駆者たち。彼らはなぜその分野を開拓してきたのか。6人の先駆者の声に耳を傾けた。

イメージを共有し、対話を促す

−−あらためての質問になりますが、グラフィックレコーディングとはどのような手法ですか。
 人々の対話や議論を、文字やグラフィックでリアルタイムに可視化する手法です。「人の声」や「場の空気」など目に見えない情報をビジュアルに翻訳することで、論点の整理や対話を促す役割があります。多様な立場の人が意見を交わす話し合いの場ではファシリテーションのツールとして、シンポジウムやオンラインイベントでは、新たなコミュニケーションの手法として用いられています。

−−企業の会議などで用いる場合、具体的に有効な場面は。
 ビジョン、倫理、歴史など、会話だけではイメージがばらつきやすいトピックの話し合いに適しています。特に、様々な立場の参加者が集まって新たなプロジェクトを企画する際、はっきりとした答えが見えない話題を共有するプロセスに、グラフィックが持つ表現の幅や情報の一覧性が生かされると考えます。
 コロナ禍もあり、変化が多い状況の中で、新しいチャレンジを求められている企業や組織は多いと思います。曖昧な部分をとことん話し合ってビジョンを築き、企業のストラテジーとして実践することが魅力的に映る、そんな時代のニーズに対する相性の良さも感じます。

−−ビジネスにおける議論の場ではフレームワークや文章での記録も活用されます。
 具体的な事実や数字を把握するためのビジネスフレームワークや、内容を端的に記載していく議事録の役割は会議にとって重要なものです。ただ、それらの記録方法には、新しいアイディアが生まれる瞬間を見逃しやすいという罠もあります。
 グラフィックレコーディングの場合、図解や文字に加え、イラストや模様なども記録手段として使うことができます。従来的な手法では記録されにくい情報を会議の中で目に見えるようにすることで、参加者は新しい視点でものごとを捉え、議論を進められるようになります。

−−グラフィックレコーディングを実践する際に気をつけていることはありますか。
 「わかったつもり」になる錯覚を与えないことです。ビジュアル表現は、見えなかった部分をはっきりを描き出すことでわかりやすさを与えると同時に、色や形が持つ性質によって情報に対する印象が変化することに注意が必要です。例えば、実際は重要ではない言葉を太いペンや派手な色で強調してしまうと、参加者の目には「とても重要な情報」として映る可能性があります。それらが無理な合意形成や、嘘っぽい結論のミスリードにつながらないよう、実際の現場では、参加者全員で会議の目的やゴールの意識合わせを心がけています。

また、発言者と聞き手がフェアな関係を築ける「場の設計」も大切にしています。工夫する要素は沢山あるのですが、具体的な例のひとつとして、全員が見える位置で描くことが挙げられます。もし参加者の方々が記録された内容に違和感を感じたとき、周囲に遠慮することなく、自分自身の言葉の重みや発言の意図と、描かれたグラフィックとのギャップを確認しあえる環境づくりを意識しています。

−−描き上がったレコードはどうするのでしょうか。
 私自身の仕事で描いたものは主催者に使い方を委ねることを大切にしています。企業の事例では、重役会議のレコードを会社の玄関に貼り出して後日社員に意見を書き込んでもらったり、若手で話し合われた内容を上層部に共有する資料として持っていったりと、議論の先にある対話の媒介に活用されたケースが多いようです。参加者の想いがレコードの先に続く物語を動かしていくところも、この活動の面白さだと感じています。

実験の積み重ねから、職業をデザインするまで

−−清水さんがグラフィックレコーディングをはじめたきっかけは何だったのでしょうか。
 ひとりの会社員として様々なプロジェクトに参加する中で、議論の途中でテーマがずれてしまい、ゴールにたどり着けなかった会議を多く経験したことです。音として聞こえている言葉だけでなく、複雑な関係性や仕組み、感情や意志などの「目に見えない情報」をビジュアルにして共有することで、対話の流れを円滑にできないかと考えました。

−−職業として取り組み始めた経緯は。
 最初は仕事ではなく、在籍していた会社の会議や、観客として参加したカンファレンスなどで実験的に活動していました。
 実験を重ねる過程で、様々な企業や団体から依頼をいただくようになり、自分が想像していた以上に多くの人が会議について悩んでいる状況に気付かされました。そこから、グラフィックレコーディングという一見遊びに見える行為を、多くの人が活用しやすく、社会の中で普遍的な存在にするにはどうすればいいか考えたことが「グラフィックレコーダー」としてのはじまりです。

−−2017年には『Graphic Recorder ―議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書―』を執筆されています。
 グラフィックレコーディングの認知が広がると同時に、これまで活動のコアにしてきた意図と違った内容の依頼が増えたり、「何か新しいことをしているように見せるためのアイコン」のように扱われる状況を散見したりするようになりました。グラフィックで記録する活動は、流行り物として消費される行為ではないことを伝えたく、本を書きました。

『Graphic Recorder ―議論を可視化するグラフィックレコーディングの教科書―』書影

本の構成では、自分自身が大切にしている要点を伝えつつ、読者それぞれがグラフィックレコーディングという活動をデザインしていける「余白」を大切にしています。ノウハウを1から100まで詰め込むのではなく、ポイントを押さえれば自分なりの使い方が見つかる「新しい時代の教科書」を目指しました。

−−書籍の反響は。
 誰でも手に取りやすいデザインにしたこともあり、様々な分野の方に読んでいただくことができました。自分の中ではビジネスとの結びつきが強い内容と考えていたのですが、書店ではデザインや教育のコーナーにも置かれていたのも興味深かったです。

「グラフィックレコーディング」から続く「視覚言語」の研究

−−活動を続ける過程で仕事や依頼の内容に変化はありましたか。
 本を書いたことがきっかけで、それまで多かったテクノロジーとデザインに関する話題に加え、社会課題に直接関係するテーマの依頼が増えました。

震災の体験を対話するトークセッション(NHK仙台にて)
SDGsについてのトークセッション(日本テレビのweb番組にて)

社会課題に関するお仕事は、現状を描いたところですぐには解決できないことが多く、無力さを感じることもあります。しかし「まずは紙の上だけでもフラットな関係性を築きたい」という願いのようなものが依頼やご相談につながり、実際に紙の上で議論がフラットに可視化される場を通して、参加者の思考や関係性に少しずつ変化が生まれる実感もあります。

−−今後どのような活動をしていきたいですか。
 グラフィックレコーダーという職業が広く受け入れられ、様々な領域で実践する人が増えてきた状況はとても素晴らしいと感じています。自分自身の活動については、より本質的な「情報を描く」行為や、コミュニケーションするための「視覚言語」の世界をもっと研究したいと考えています。
 講師をしている多摩美術大学情報デザイン学科では、実践的なアプローチにも取り組んでいます。例えば1年生に開講している『デッサンとスケッチ』という授業。ここでは色や形など目に見えるものを表現する技術だけではなく、手触りや匂い、温度、時間といった「目に見えない情報」のスケッチを実践します。これはグラフィックレコーディングの根源的な考え方にも通じています。

『デッサンとスケッチ』イメージ

ビジュアルには従来の美術館で鑑賞する対象にはない、未知の使われ方があるはず。特に、声に出す言葉や文章として読む文字ではない「ビジュアル言語」を現在の探究領域として捉えています。例えるなら、国語と美術の間のような世界観ですね。グラフィックレコーディングはもちろん、目に見えないものを捉え、デザインする仕事を積み重ねながら、新しい領域を見つける研究を続けていきたいです。

清水淳子(しみず・じゅんこ) デザインリサーチャー。2009年多摩美術大学情報デザイン学科卒業後 デザイナーに。2013年グラフィックレコーダーとして活動開始。同年、UXデザイナーとしてYahoo! JAPAN入社。2019年、東京藝術大学デザイン科修士課程修了。同年、アメリカ合衆国で開催されたIFVP(Visual Practitionerの世界大会)に参加。情報環境と視覚言語について研究中。

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COMMENT

濱中望実
デジタルメディア局コンテンツサービス部

グラフィックレコーディングが議論や対話の架け橋として認知され、取り組む人が増えていった背景には、清水さんの真摯な実践・研究の積み重ねとビジュアルコミュニケーションに対する無限の探究心があったことを改めて感じました。コロナ禍でチャットツールやweb会議の利用が増えた日常では、スタンプや画面共有など視覚的なコミュニケーションの広がりを実感する場面も多くあります。文字や音声に加え、ビジュアルが対話における言語として発展する世界観について、清水さんの探究される領域からは様々な可能性に気づかされます。『連載・先駆者に聞く』は今回で完結です。いま、会社や組織で新しい事業を始めたり、これまでにない仕事を作ろうとしていたりする読者の方もまた「先駆者」の一人かもしれません。今回取材した6名のお話が、実践されているテーマの認知だけでなく、新たな文化や学問、ストラテジーを築くヒントにつながればと、一人の書き手として思います。

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