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【ディープテックを追え】”最強”の断熱材エアロゲル、脱炭素に向けた切り札になるか

#10 ティエムファクトリ

世界的な脱炭素社会への流れは産業界だけではなく、我々の日常生活にも波及し生活様式の転換を迫ろうとしている。政府は脱炭素社会に向けた住宅・建物の対策案として、断熱材の活用などの省エネルギー基準を満たすようにすることを示した。事実、住宅などの家庭部門と、オフィスビルなどの部門を合わせた建築物分野のCO2排出量は2019年度に3億5200万トンと、国内全体の34%を占め、産業分野に次いで多い。今後、建築物には断熱性を含め、いっそうの省エネ対応が求められる。

こうした中、地球上の物質で最も断熱性に優れているとされる素材、エアロゲルが注目されている。ただ、これまではコストや強度の問題から利用が進まなかった。そのエアロゲルに着目し、弱点を克服した素材「SUFA(スーファ)」の量産化を目指している企業がティエムファクトリ(東京都港区)だ。SUFAはどんな可能性を秘めているのか。

エアロゲルとは?

エアロゲルは、「個体の煙」と形容されるように物質の90%以上を空気が占める。その構造はいくつもの小さな部屋の中に空気を詰め込んだようなものだ。そのため、分子同士の衝突が起こらず熱が発生しない特性があり、断熱性に優れている。

エアロゲルはシリカなどからジェルを作るところから始まる。そのジェルの中の溶媒に対して超臨界乾燥という処理を施し、気体に置き換えることで完成する。超臨界乾燥とは、気体とも液体とも区別のつかない超臨界流体を使い、構造が脆く、繊細な物質も構造を保ったまま乾燥することができる技術を指す。この処理をする素材は柔軟性に欠け、非常に脆い。エアロゲルも例外ではない。例えば、急速に温度変化を繰り返せばヒビが入ったり、虫が衝突しただけでも割れてしまうほど脆い。さらにコストが高く、超臨界乾燥装置の特性上、大判の製品を作ることができなかった。透明性も乏しく、他の素材と混合したハイブリッドの断熱素材として普及しているが、エアロゲル単体での利用は進んでいない。

SUFA、写真は板状の製品(同社提供)

そんな中、ティエムファクトリはこれまでのエアロゲルの弱点を克服しようと開発に着手。弱点になっていた「もろさ」と「高価格」、「透明性」を解消するため、エアロゲルの構造に柔軟性を持たせ、均質に保つことで強度を向上させながら透明性も高めた。また、超臨界乾燥装置を使わないことでコストも抑えた。同社は弱点を克服することで産業分野での展開が広がると見ており、全世界で1兆円超規模といわれる断熱窓の市場を狙う。

狙うは住宅市場

現在、住宅に採用される多くの窓は多重構造になっている。1枚のガラスよりも断熱性を高めることができるため、省エネ意識の高まりに合わせて普及してきた。一方で多重構造に伴い重さと厚さが増大する問題も懸念されてきた。そこで、ティエムファクトリは3重構造の窓の真ん中にSUFAを挟み込む製品を研究中だ。この製品は断熱性と軽さというエアロゲルの良さを生かすことができると見込んでおり、山地正洋社長は「SUFAを挟むことで、これまでよりも断熱性を付与できる」と話す。

山地社長

先述の建物への省エネ基準の導入はSUFAにとって追い風だ。19年には茨城県に研究開発拠点を開設したほか、20年6月には三洋化成工業から出資と技術支援を受けるなど、量産化に向けた体制を整えている。ただ、窓への挟み込みが可能になるサイズまでエアロゲルを大きくすることは容易ではない。実際、「現在でも30センチ角までは作れる。1メートル角まで大きくすると、割れやすい。窓に使うのであれば、透明度も上げなくてはいけない。性能の向上や量産にはある程度時間がかかる」(山地社長)という。

中期的には集熱パネルにも応用

 

中期的にはSUFAを使用した集熱パネルの製品化も計画している。工場では空調や製品の乾燥などで多くの熱を利用しているため、太陽光を利用する集熱パネルで熱エネルギーを高効率に供給できると考えた。一般的なガラス製パネルではなくSUFAに置き換えることで、太陽光で集めた熱を逃がさず、集熱効率を高められるという。23年の量産を目指し、開発を続ける。同時に、パウダー状のSUFAも開発し産業利用を模索している。これまでのエアロゲルでも可能だったが、SUFAは「構造が柔軟なため定着性がある」(山地社長)ため差別化ができる。実際、自動車など多くの業界から共同研究などの問い合わせが寄せられているという。

粉状にして提供するなど、ティエムファクトリでは様々な形態のSUFAを作る

ただ、「素材(向けのビジネス)はどの製品に使われるのかが見えないと(投資家への説明が難しく)なかなか資金が集まらない」と山地社長は事業化の難しさを話す。それでも、「素材はひとたび製品化すれば、最終製品の性能を大きく向上させる力がある。そんな素材を日本から誕生させたい」と力を込める。「空気」のような素材の断熱性を目にする日はそう遠くない。

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ニュースイッチオリジナル
小林健人
小林健人 KobayashiKento 経済部 記者
SUFAのサイズを大きくするための技術的課題はありますが、実現した際のメリットは大きいです。 例えば、1度暖めた空気を外の冷気や湿度に影響されずに保つことができます。脱炭素の観点に立てば、熱エネルギーの最適化も重要です。

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